なんという名の木かは知らないが、枝葉がどんどん茂ってきて、のみならず樹液がうまいのか、蟻が大発生して、家の中にまで入ってくるようになった。
それだけなら我慢できたのだが、ある日、シバの食べ残しのトレイを下げようとしたら、ステンレスの銀色の底がすっかり焦げ茶色に染まっている。よく見たら、小蟻がびっしり食べ残しのエサにたかっていた。というか、蟻にたかられて、シバは途中でエサを投げ出したのかもしれない。
犬は嗅覚は鋭いが、味覚が鈍い。それで、もっとも鈍い味蕾でも感受できる甘味が好きとは聞いていたが、蟻がたかるほどドッグフードが甘くできているとは。キャットフードは試しに食べたことはあるが、犬のエサはにおいが臭くてどうしても食べる気になれず、どれほど甘いものか知らなかったのだ。
しかし、シバのトレイの蟻の大群をみて、さすがに私も「これはなんとかせねば」と思った。小さい頃は庭に蟻の巣なんかいっぱいで、そこらの石をひっくり返してもぞろぞろいたし、アリジゴクの巣に蟻を入れて遊んだり、子供のいいオモチャという感じで、害虫という意識はなかったが、こうまでシバや私の生活を脅かすとなったら、立派な害虫だ。
それで蟻の巣コロリと蟻キラーを入手して試してみた。こういうものが売っていること自体、「蟻害」に悩む人がいる証拠。小さい頃はこんなもの、ふつうのスーパーには売っていなかったように思うが、都会の庭も狭くなり、人の意識も変わって、蟻と共存できない人が増えたため、こうした商品が一般化したのだろうか。が、これがまったく功を奏さない。
蟻はいっこうに減らないどころか、我々に挑むかのように、ますますふとんや台所の引き出しの中にまで顔を出すようになってきたのである。
寝ている間にさされたのか、カラダが痒くなることも増えてきたので、どうしようかと思っていたら、子供が「木を切っちゃえば」と言う。根こそぎ切るのは抵抗があるので、植木屋さんに頼んで、大きな枝を何本か払ってもらった。
それでもやっぱし蟻はいるが、家にまで侵入してくることはなくなった。以前は枝が茂って、家の壁や窓にくっついていたから、その枝をつたって室内に入ってきていたのだろう。
たくさんの蟻は、植木屋さんの刈った枝葉と共に、トラックの荷台に積まれていったんだろう。そう思っていたら、シバの背に一匹、蟻がいるのを見つけた。
もしやこの蟻は、「ありゃりゃ天変地異だこりゃ。どうしよう。ありゃちょうどいいフカフカがあるりゃ」とばかり、大きな枝が払われる時、シバの背中にちょんと飛び移ったのかもしれない。
キノコを育てたり、牧畜したりする種類もいるというほど賢い蟻族のことだ。生きるためにはそのていどの知恵は働かせてもおかしくはあるまい。
でもしょせんは「蟻知恵」。シバの背中に蟻を見つけて、私がただで済ますわけがないではないか。蟻は私によってピッと弾かれ、どこかに飛んでった。