猫も羽<わ>で数えましょう(旧「大塚ひかりのポポ手日記」since2004)

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『源氏』ノイローゼ

 毎日、朝から晩まで『源氏物語』の訳をしていると、本当に先が見えなくて、また目も痛いし、子供とどこかに行けないし(といっても夏休みはプールとかに十日に一度くらいは行く心構えで頑張ってきたが)、何もかも投げ出したい気分になってくる。
 が、あの瀬戸内寂聴も「こんなことをして何になるんだろう」「無意味なことをしているのではないか」と途中、何度も思ったというし、橋本治も訳の間は食欲もなく、四時間くらいしか眠れずに、仕方ないから机に向かうという日々を送ったという。
 まして私が、精神的に追いつめられるのも無理はないだろう。
 
 『源氏物語』の全訳をしたのは、
与謝野晶子
谷崎潤一郎
窪田空穂
円地文子
玉上琢弥
橋本治
瀬戸内寂聴
 くらいだという。ここに「大塚ひかり」が連なるのかウヒョヒョヒョヒョとか思えることが出来ればいいのだが、こんなリストを見せられたら、重圧感も新たになるのも確かである。
 このことを教えてくれた小谷野敦さんは四月に東大院生の才媛と結婚したが、何が羨ましいって、同じ学者で夫婦の興味が近くて、仕事や学問のことを語り合えることである。
 小谷野さんに限らず、夫婦で仕事を相談しあえる人は皆、羨ましい。中高時代の友人にもそういう人はいて、そんな関係にある人は、その他の部分はともかく、その点に於いて皆、羨ましい。うちの夫は実用的な優れた営業マンではあるが、「松に明るいって書いてなんて読むの?」とか聞いてくるような男だからなぁ。
 訳に際しては疑問が生じたら付箋を貼っている。これは、まとまったら、じっくり考えて、『源氏物語』の研究者のところにも意見を仰ぎに行こうと思っているが、私が疑問に思うようなところは、学者の間でも諸説あるものばかりだから、結局は自分で考えるしかなかろう。
 漫画だけれど、江川達也の『源氏物語』も、ほぼ全訳である。大和和紀の『あさき夢みし』のように略したりというのがほとんどない。あれは漫画できっちり54巻、ゆっくり出していくつもりで、私が訳し始めた四年前よりも前からやっているのに、まだ紅葉賀である。ゆっくり出しても許されるのは江川さんだからだろう。漫画は装束を書かなきゃいけないので大変な苦労があるようだが、わけのわからない音楽用語は略せるのが漫画の良さである。


 今の状態は、出産直後、二、三時間おきに夜、子供が起きて、本当に自分の時間がなくて、いったいいつまでこんな状態が続くのだろうと思っていた、あの一年くらいの大変さに似ている。
「途中で投げ出したい、でも投げ出せない」
「いつかは終わりがくるのに、終わりがなかなか見えない」
という点が似ている。
 まぁあの時は夫が実に力強い助けになってくれたからあり難かったし、そういう点で、今回よりは救いがあった。
 私の慰めは、瀬戸内さんや橋本さんですらノイローゼ寸前のようになったのだから、それだけ大変なことなのだと思えることくらいである。あとは文字通り自分との闘いだ。と、こんなふうに埒もないことを書くのが、私にとっての息抜きなんだけどね。そんな暇があるなら訳やらなきゃって思うものの、人生にはほんと「遊び」の部分が不可欠だって、こうなってみると痛感するわ。(ひかり源氏)