猫も羽<わ>で数えましょう(旧「大塚ひかりのポポ手日記」since2004)

一切皆苦の人生、だましだまし生きてます。ネットでは、基本的にマイナスなこと、後ろ向きなことを書くスタンスですが、ごく稀にうっかり前向きなことを書いてしまう可能性もあります。

私のエロい口紅体験

(以下、次の「美的」の一部ね。前略)
 今は昔、二十六歳の頃。
 生まれて初めて失恋した(ちなみに失恋の二ヶ月前には、結婚する予定だったので退職し、失業中でもあった)。一週間は悲しみのあまり、バナナと牛乳しか受けつけなかった。で、白いうんこが出たりしたものだ。
 が、若さゆえか、その三ヶ月後、生活のためにライターをしていた私は、取材で今まで見たこともないほど素晴らしいオーラを放つ素敵な男と出会った。しかも自分から男を好きになったのはこれが初めてで、男からも「つきあってください」と正式に言われた。
 ところが、この男があまりに素敵過ぎて、本来の自分を出せなくなった私はつきあって二カ月で別れてしまった。その二ヶ月後、手紙が送られてきて、放置していたら、さらに二ヶ月後、
「O塚さんの名刺がなぜか一番上にあるの。また取材に来て」
と男から連絡がきて、また会うようになった。が、セックスしたのはつきあっていた二カ月だけで、その後は決して男女の関係にはならなかった。意識的に拒んでいたのである。そんなある日、出会ってから一年近くの歳月が過ぎた頃であったろうか。仕事の都合で彼がよく出入りしているという事務所に行くと、いたのは彼だけだった。そして、いきなり抱きしめてきたので、
「コーヒーがのみたい」
と言って逃げた。ドリップコーヒーをセットした彼はまた抱きしめてきたので、
「やめて」
と押しのけると、
「お願い。あのコーヒーが全部、下に落ち切るまでこうしていさせて」
と私を引き寄せながら、こう言ったのである。
「綺麗な色の口紅だね。その口紅、僕もつけたい」
と。それでバッグから口紅を出そうとすると、
「そうじゃなくて、O塚さんにつけてもらいたいの」
と言う。なので言う通り、口紅の先をするすると出して、彼の唇に塗ってあげた。
 すると彼はこれ以上はない美しい笑顔になって、
「O塚さんて可愛いね。そういう意味じゃないのに。O塚さんにつけてもらいたいっていうのは」
と、いきなり唇を重ねてきたので、私はどんと彼を突き飛ばした。すると、
「じゃあ、この白いワイシャツにつけて。そうしたら大事に取っておくから」
とも言われたので、私はその通りにしてあげた。
 今思い出しても、よくぞあれほど自分から好きになった男に、しかも当時もまだ好きだった男に、ここまで言われて、迫られて、拒むことができたと我ながら感心する。



★★以下「美的」の原稿は、拒めたのはそれだけ男のことが好きだったから云々、「香り」と同じく「口紅」は「移る」からエロいのね〜と書いたのだが。今思うと、それは(ってのは好きだってことね)どうなんだろうなーと思う。
私は彼には振られたわけではない。振ったというのとも違う。ただこの人のもとから去ったのだ。いまの夫と出会って、この人から去った。好きなら去るだろうか? 夫のほうに行ったというのは、「この人となら幸せになれる」と思ってのことだが、二人男がいたとして、すぐさま夫を取ったというのは、どういうことなんだろう。とにかく結婚したかった当時の私は、「こいつといても結婚の道は遠い」そんな直感が働いたのだろうか。
この男はその後も、
「旅行に行こう。僕と一緒だと、電車も楽しいよ。汚い顔の男だと、外の景色ばかり眺めていなきゃいけないでしょ。でも、僕とだとそんなことはないよ」
と言われたりもした。そんなことをいっても許されるオーラが彼にはあったが、
「景色、見るの好きだから私」
と断った。その頃、すでに夫とつき合い始めていたというのもあるが。
こう書いていくと、彼に対する私の思いというのがますます分からなくなってくる。ただ過去にもおそらく未来にもこれほどのオーラの持ち主には会ったことがなくて、「忘れられない人」であるということだけは確かなのだが。未練とかは微塵もない。というか、女は新しい男が出てくると、前の男に対する未練というのは不思議なほどなくなるものだ。
良く言われることだが、フロッピーを上書きしていくのが女、フォルダを増やしていくのが男。そういうことなんだろう。