2/26の日記で「妹尼は浮舟が美しいから助けたのだ」と書いたhttp://d.hatena.ne.jp/maonima/edit?date=20080226。
では紫式部は、美人は得だ、平安時代は美醜差別の時代だったということが言いたくて、こんな設定にしたのか。それも少しはあるだろうが、結論からいうと、それは主目的ではない。
女房の私生児にして受領の継子である浮舟に「美」が与えられることで、彼女は美がなければ決して振り向かれもしないような高い身分の男たちの色欲の対象となり、しかしその身分なりの扱いしか受けず、自分がゴミかガラクタのようにしか感じられずに、死ぬほど苦しんだ。
浮舟をずたずたになるまで苦悩させること。まずそれが、彼女を美人にした大きな理由だろう。
実際、東国出身の浮舟は、自分一人で屋敷を飛び出して入水自殺するという、これまで登場した女君が為し得なかった思い切った一歩を踏み出すのだが、ここで浮舟に死なれては困る。
紫式部は、浮舟が我が身をこの世に“不用の人”と卑下するまでに、横川の僧都をして「これほどの美貌でなぜここまで世を厭うのか」と驚かさしめるまでに、浮舟のプライドをずたぼろにして、どん底に突き落とした。
落としておきながら、なお浮舟を生かすために、そして母や乳母の助けのない境遇でも生きられるように、「美」という武器を与えた。与えることで、『もっと知りたい源氏物語』にも書いたように「小野」という「己」にも通じる音をもつ場所で、己と向き合わせようとしたのだ。
紫式部は、浮舟を死なせて、生かすために、美人にしたのである。
また、浮舟の身体が小柄という設定なのは、『カラダで感じる源氏物語』や『「源氏物語」の身体測定』『「ブス論」で読む源氏物語』でも書いたが、男たちや周囲の者たちから見た「彼女の立場の小ささ」を表していよう。
母に撫でられ、人形のように生き、好きな女の身代わり人形として肉欲の対象となり、宇治や対岸の家にひょいと拉致同然に連れ去られる浮舟の体は、目立つものものしいものではなく、こじんまりとしたものがふさわしい。
そんな小さな浮舟は、人の身を撫でることで、その災厄を吸い取ったあとは水に流される、“撫で物”の人形のように、宇治川に身を投じた。
人の好きにされ、自己主張もろくにできない彼女は、我が身を消すしか思いつかなかった。
そのように弱く小さな彼女が、とぼとぼとした足取りながら、とにかくひとりで歩き始めるというラストは、そのカラダが小さいだけによりいっそう心にしみるというわけだ。
ちなみに今までもさんざん本で書いてきたことでもあるが、浮舟や夕顔のように男の都合のいいふうにされ、拉致されたり、変死(浮舟は死ななかったが)するような女は『源氏物語』では「小柄」なカラダを与えられる。
逆に、身分や境遇、育ち以上の立身出世を果たす、いわゆる玉の輿を実現する明石の君や藤典侍、玉鬘、中の君といった女たちは「大柄」なカラダを与えられる。その理由は先の『「源氏物語」の身体測定』『「ブス論」で読む源氏物語』でさんざん書いた(両書とも絶版なのだが)。