猫も羽<わ>で数えましょう(旧「大塚ひかりのポポ手日記」since2004)

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ヒモ男とパワースポットに惹かれる女

http://mike.no-blog.jp/himo/2004/05/index.html
ほんとにいるんだなぁ。
っていうか、これ、もしや小説?



いずれにしても貴重な記録だと思う。
ブログの主は「そろそろ閉じてしまおうかと思っていた」と書いているが、
あけておいてほしい。
というか、本にしてほしい。


あと、前々から、ダメ男にはまったり貢いだりして、結婚しなかったりする女には、不思議とパワースポット好きが多いと思っていたが、上記のブログの人も例外ではなかった。
上昇志向が強くて、すごい努力家なくせに、運命は人知の及ばないところで動いているという考えが非常に強くて、お祓いをすることで心の安定を得、さらなる一歩を踏み出そうというような人が多いのだ。
これは学歴とか関係ない。
ブスだからというのでもなく、十人並みの美人だったりする。
自分に自信がないからかと思うと、必ずしも、そうでもないし。


昔の人は、古典をよんでもほとんどパワースポット好きな人ばかりというか、『源氏物語』の明石入道みたいにパワースポット(というか神社仏閣)に現世利益を祈るような人ばっかりだったとも言えるから、原始的なんだろうか感覚が。
とすると、男をみる際も、なにか、原始的な嗅覚で選んだ結果、性欲だけは強い(でもセックスするとは限らない。とはいえ、子供はどっかでちゃんと作っていたりする)ヒモ的な男としぜんとつきあうことになるのだろうか。
ヒモ的な男は、原始的な観点からすると「いい男」なのだろうか。
そいで原始的な感覚では、そういう男に貢ぎ、そして結婚しないことこそ正しいことなのだろうか。
う〜ん。
そうなると、子育ては誰が?ということになって、母系社会でないとダメになってしまう。
う〜ん。
原始人ていっても、一部の原始人だな、それなら。
それもマンモスとってたような氷河時代じゃなく、温暖期の平和な南国の……。



それにしても、ヒモって昔からいたのだろうか。
雲南省にのこる母系社会の地方なんて、男ぜんたい、ヒモっぽいらしいが。

東海道四谷怪談伊右衛門なんてヒモっぽいし、髪結いの亭主なんて言葉があるから、江戸時代にはいたのだろうけれど、
平安時代にはどうなのか。
キリスト教の国にもヒモはいたのだろうか。
そして今もけっこういるのだろうか。
ヒモの歴史と実態、書きたくなってきたよ。


★タイ在住の和ぼっちゃまに聞いたら、タイには、ヒモはいやというほどいるとのこと。