猫も羽<わ>で数えましょう(旧「大塚ひかりのポポ手日記」since2004)

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maonima2009-04-18

きのうたまたま、テレビをつけていたら、梅宮アンナは「男を見る目がない」「男運が悪い」の、どっちだという究極の選択を、視聴者にさせるという、ばかばかしい番組をやってて、それを見ていた娘が、
「ママは男を見る目も男運もあるね」
と言う。
「だけど、ママ本人がダメっていうか、逆にパパは……」
と言いさした。
うちの娘がいかに父親を慕っているかが分かって嬉しい。
私の評価は微妙だが、少なくとも娘は私に「眼力」があると認めているのだ。
娘をして、ついにここまで言わしめた……
「父が好き」に近い感情を抱かしめた。


それは私にとって、明石入道が孫の代で中宮を出したような、結婚によってとうとう階級移動を果たしたような、感無量の喜びなのである、と言っても、分かってくれる人は少ないかも知れない。



私は自分の父が嫌いだったし、母の眼力もないと思っていた。
父の折り紙のことを書くと、父をいい人だと思う人もいるようだが、たしかに父はいい人なのだが、いい人が一番厄介という典型のような人間で、
なんでこんな男と結婚したの。見る目ないね。ママはこんなに優秀なのに、と、母親のことをずっと思っていた。
だから、父に似た男とだけは結婚すまいと、ごく幼い頃から、ものすごく意識していたのである。
意識していても、娘は父親に似た人を選んでしまうのが世の常というが、私はまるで違う男を夫に選んだと自信をもって言える。

夫は、「本の虫」と言われる父と違ってとにかく本を読まないし、漢字が書けないし、ものにこだわらないから無趣味だし、トランプの神経衰弱が苦手だし、くそ真面目な父と違って融通が利くし、自分勝手じゃないし、父みたいに冗談が通じない人でもないから、めったに怒ることもない。
父と正反対である。
ただ次男で、恐妻家で、B型で、過ぎたことをくよくよ悔やむそぶりは見せず(ここは昔から父は偉いと思ってた。反対に母はくよくよ気質)、おだてに弱く、お人好しな仕事人間なところが父と似ているだけで、その他はかなり違う。
違ってよかったよ。
娘も私と違って、自分の父親尊敬しているし。



12歳で父親を亡くした母はファザコンだった。
父親をとても大きな存在として尊敬し、それと比べて夫を見下していた(じゃあなんで結婚したかというと、「お見合いした中でいちばんハンサムで、顔が優しそうに見えたから」と母は言う。私は男は顔で選ぶまいと思ったものだ)。
実際、うちの父は見下されても仕方のないようなところが、娘の目から見るとあった。同じ敷地内で暮らしていた母の姉や、母の母も父をあまり好いてはいなかった。
「パパ好き」な同級生をいつも私は羨ましく思っていたものだ。
それが娘の代では、「パパ好き」を出すことができたのだ。
パパ好きな娘には、何も怖いものなどありそうにないように私には感じる。
娘は私のような辛い恋をすることもないようにさえ思えるし、ものを書くというような因果な商売をすることもないように思える。
幻想かもと知りつつも、とても明るい未来が待っているような気がせずにいられないのだ。



ただ、母が倒れてからの父は、驚くほどよく母の面倒をみている。
単細胞で、ものを深く考えない父の性格が幸いしてか、母が絶望的な状態になった時も、悲観的になることもなくやり過ごし(私はパニックになったが)、ご近所や卓球仲間のお婆さんに助けられつつ、介護をしているのは、ほんとに偉いとは思う。
結果的に母は、自分の夫選びに関しては眼力があったのかもしれない。
娘にとっての父親としての父は、なんかもう、イヤなだけだったけれども。
私だって毀誉半ばするこんな屈折した言い方じゃなく、
「パパが好き」
と心から言ってみたかった。
ファザコンになってみたかったよ。