猫も羽<わ>で数えましょう(旧「大塚ひかりのポポ手日記」since2004)

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やっぱし武士道は嫌い

大日本思想全集3がきた。
『武道初心集』を読みたくて、岩波文庫のをアマゾンで注文したあと、同じ著者の『岩淵夜話別集』(抄)ってのにもそそられて、これが所収されてるのは、
昭和八年とかなり古いけど、この本だけだったのだ。
さっそく読んでみたが、やっぱし嫌だね武士道は。
まず最初のほうの孝行の話。
立派な親に育てられた子供か親を敬い大事にするのは当たり前のことで、真の武士は、ダメな親でも、尊敬し、大事にする、そういう武士が主君にも忠義をつくす。主君がダメでも、左前になっても、仕えるのが武士。
って、あんた、そりゃあ、無理な注文でしょう。
源氏物語』の登場人物って、現金というか、末摘花にしても八の宮家でも、おうちが傾きゃ、使用人は蜘蛛の子を散らすようにいなくなって、八の宮家なんか、中の君の乳母まで乳飲み子の女主人を棄てて逃げている。それは感心しないことだけれど、ダメな主人、報酬をくれない主人のことは見限って、別の勤め口を探すってのは当たり前のこと。
ダメな親が子供にバカにされるのもごく自然なことだ。
その点、仏教の因果応報思想は、自然に叶っていると思う。
こういう、武士道の精神は、自分の勤める会社の悪事を告発せず(自分の立場を危うく思うなら匿名で告発すればいいのだ)、一緒になって隠す姿勢につながってると思う。





ただ、中巻の、自分の妻のような、手向かいのできぬ相手に向かって、いくら気に入らないと言っても、手をあげたり、刀を抜いたりするのは、“臆病武士”のしわざというのには共感。
妻が気に入らなくても、少々のことなら我慢せよ、耐えられないなら、ぐちぐちいじめないで、さっさと離縁してやれっていうのも。





五巻の付録の図表を作る。
図表作りは楽しいけれど、まだ昼過ぎだってのに、くたくたに疲れてるのはなぜ。