猫も羽<わ>で数えましょう(旧「大塚ひかりのポポ手日記」since2004)

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眠ろうとすると、拘束具で手を固定されていた母の姿が目に浮かぶ。

上海もニューヨークもあんなにすたすた歩いていたのに。
今はベッドに固定されている。
なのにそんな自分の状況もよく分かってなくて、
「きょうはパパと間違って江ノ島へ行っちゃったの。ご飯食べようとして」
などと言っていた。

もしも私が女優なら、この場面を思い浮かべるだけで簡単に泣ける。







昔、母に近い人が自殺したとき、父は、
「自殺するなんて弱い人間だ。生き抜かないと」みたいな、非難がましい言い方をした。それに対して母は、
「自殺も一つの自然死として認めていいのではと私は思う。自殺した人を弱い人間だとか、あとに残された人のことを思いやれない人間だと非難するのは残酷だ」と反論したものだ。
私も今は母に近い考えになっている。母は、死の間際、寝たきりになった祖母(母の母)を見て、
老いるって嫌ね。私はこんなにならないうちに死にたい」
とも言っていた。
その時の祖母より十五歳も若く、しかもその時の祖母より客観的には悲惨な状況にある今の母は、そんな考えをもっていたとはとうてい思えないような顔で、
「お腹がすいた。ご飯食べたいのに」
と、両の手首を固定され、身動きできない状態で点滴を受けながらつぶやいていた。




イラストはミクシィの記憶スケッチで描いた「メドゥーサ」(12/24画)