猫も羽<わ>で数えましょう(旧「大塚ひかりのポポ手日記」since2004)

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早稲田的なものはなぜ嫌われるのか

http://d.hatena.ne.jp/jun-jun1965/20100103
小谷野さんが答えてるけど、村上春樹はそれこそただ早稲田卒ってだけな気がする。
イメージなんだと思う、埼玉はださい、みたいな。
イメージが作られるにはそれなりの根拠があるのも確かだけれど、これは根拠薄弱すぎる。
早稲田卒に限らないと言いつつ、早稲田卒だから早稲田的としか思えないのもある一方、早稲田卒でもないのに早稲田的ってあるんじゃ、どこからどこまでが早稲田的なのやら。
嫌なもの(追記・ていうか小谷野さんが「嫌いなもの」でしたね)にみんな「早稲田的」とレッテル貼られちゃ、たまりません。
たまたま早稲田に入っただけって人も多いでしょうし、大学よりむしろ家系とか小中高から影響受けてる人が多いと思うんだけど、大学でいろんな属性くくられるってのが。
しかし俵万智とか「早稲田的」っていうけど、「早稲田的なものが嫌い」http://d.hatena.ne.jp/jun-jun1965/20091228ってことは、小谷野さん嫌いなのかな。
私は好きだけどな。



私もとくに早稲田に対する愛校心が強いわけじゃないけど、なんで早稲田ってこうバカにされることが多いのかなと最近、悲しくなることがしばしば。
最近ブログで書かれた「早稲田」「早稲田的」というのを調べても、ほとんど差別的というか、マイナスな文脈で使われているんですよね。
以前、小谷野さんのブログで紹介されていた、こことかもhttp://d.hatena.ne.jp/seikooo/20091128
ふつうの人は「慶応か」「東大かな」とか、本を読んでも思わないだろうから、これは学者特有の現象なのだろうか。






そもそも早稲田以外には、大学名が入って「●●的なものが嫌い」って言い方、私は聞いたことがありません。
早稲田はバカにしてもあるていど偏差値もあるし数も多いしメジャーだしで、弱い者をよってたかってって感じにもならないし、絶好の侮蔑のターゲットにしやすいんでしょうか。
おちょくりやすい、つっこみやすいんでしょうか。
アメリカ的なものが嫌い」って言うのにも似て。




●2日の日記でも書いたけど、「早稲田的なもの」が嫌い……って言い方は絶妙です。
「東大的なものが嫌い」って言えばバカの妬みかと思われるし、「慶応的なものが嫌い」っていうと田舎者のひがみと思われるかもしれない。
でも、早稲田的なものが嫌いっていうと、なんかインテリっぽくて、
自分を「高く見せる」ことができる感じがする。
なんだか雑で、ずるい言い方だという気が私はします。


●●こうしてムキになるのがまた早稲田的と言われそう。
私はこういう反応、私学的(優雅に黙殺できないのが「わたし的」「ひかり的」なんです)かなと思うけれど。
私は「早稲田的」とか「東大的」って言い方はすまいと思う。


●●●しかし『早稲田的』って本出したら、早稲田の人買うかな。
『東大的』「慶応的」って便乗本も出たりして……。