maonima’s diary(大塚ひかりの犬・猫・人・他)

2005年、はてなダイアリーに始まり、今に至る

昨日は母の見舞い。
先週、私の小学校時代の友達のお母さんがきてくれたことも覚えていて、
「今度海水浴行こうって話になって」
などと言っていた。
しかし、
「パパが白楽の駅のあたりを全部買い占めた。ちゃま(母の姉)は死んだってパパは言うけど、本当は死んでないのよ。だから、ちゃまの権利もあの土地にはあるって言うと、いつもパパと喧嘩になるの」
などとも。

ちゃまは本当は死んでいて、祖母たちが戦後、祖父の死と共に越してきて、六十年以上地代を払っていた白楽の土地は、母がまだ元気な時に、母の弟が地主から買い取って、母も権利を放棄したはずなのに、こんな話になっている。
父のことだから、こんな話は、バカ正直に否定しているに違いない。私や弟が子供の頃も、トランプにしてもゲームにしても、父は、「手加減する」ことを知らない人間だった。
「勝負の世界は厳しいのだ」などと言っていたが、ただ、嘘をつく苦しさに自分が耐えられないだけだったのだと、認知症の母への対応を見ていれば分かる。
父は「人間は遊びが大事」とよく言っていて、トランプやチェス、囲碁将棋、折り紙など、言葉通りの遊びをいろいろたしなんでいるが、父ほど言葉通りに受け取り、裏の意味など斟酌しない、冗談の通じない人間はないとつくづく思う。
しかし、母のもとにしじゅう見舞いに来ているのは偉いと感じる。母は「寂しいわけない」と以前も言っていたか、一つには父が頻々と訪れているおかげだろう。



白楽は私が生まれ育った場所で愛着が深いが、母も父親の死んだ1946年(母14歳頃)頃から住んでいたので、よほど脳に深く刻まれているのだろう。

また、自分がいる老人ホームは東京(本当は藤沢)にあると思っていて、
「ここは藤沢みたいな田舎と違って、歯医者もすぐ近くにあるからいい。ここを出てすぐの交差点の角にある」
とも言っていた。
歯医者は老人ホームに往診してくれて、母は自分のいるフロアから下の階に移動して治療を受けているんだが、部屋やフロアから出ることは、「外に行く」と感じているらしかった。