猫も羽<わ>で数えましょう(旧「大塚ひかりのポポ手日記」since2004)

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再び、歯医者が怖い。4「納得」とは

 「納得」とは、私の理解では、自分にまつわる出来事を、自分で消化して、これで良しと肯定することだと思っていたのですが、
日本国語大辞典』で引くと、
「他人の考え、行動などを理解して受け入れること。わかってのみこむこと。理解して肯定すること。承知。同意」
とあって、あくまで他人本位のことばのようなのです。


 が、同辞典でも挙げられている江戸時代の『浮世風呂』二編巻之下の例を見ると、風呂屋での子供同士の喧嘩に、それぞれの母親と祖母が顔を出し、喧嘩しあって退場したあと、それを聞いていたオバサンがこんな会話をかわす中で「納得」の語は出て来ます。ちょっと訳してみましょう(“”で囲んで有るのが原文)。

「怖いおかみさんだねぇ。ほんとにほんとにおっかない」
「そうだねぇ。そもそも子供の喧嘩を取り上げるのが悪うございます。全部、自分の子をひいきしていては収拾がつきません」
「そうさ、うちでも子が泣いて来ると叱ります。子の告げ口をいちいち真に受けていたら際限がありません。理も非も構わず我が子を叱るのが一番ようございますよ。もしよそのお子さんが告げ口しにおいでになったら、我が子を懲りるほど叱ることさ」
「『憎い奴でございます、堪忍してやってね、今にうちの子が帰ってきたら、ひどい目にあわせてやりましょう』などと申せば、その告げ口に来た子も“納得”いたします。いえね、その中でも、よく告げ口をする子がおりますよ」
「あれも癖だね。どれもこれもイタズラですから、皆、いいことはございません。中でも男の子はイタズラばかりでございますが、女の子は意地の悪いものですって」
「そうとも言えません。女の子はたいていおとなしうございますけれど、男の子は悪ふざけが過ぎます。何でも厳しいに越したことはありません。オホホホホホホ」
「ほんに今の喧嘩で言ってたように、子供のいる前ではめったなことは申せませんよ。オホホホ」
「いえもう、よそのお子さんに怪我でもさせてはすみませんから、負けて帰るほうがいいのさ」
「そうさ、弱虫が世話がなくてようございます」



 ちょっと長くなってしまいましたが、こんな感じの文脈で出てきます。
 これだと、やっぱり、他人の考え・行動を受け入れるという辞書の意味よりは、自分自身に起きたことに関して、まぁ良しと肯定するということではないかな? という気もするのですが……。



 まぁ要するに、辞書の説明はちょっと「納得」しにくいという……。
 ん? この文脈だと、人の考え・行動を受け入れるという辞書の説明通りの用法になりますね? 
 そう考えて、もう一度、まとめると、
「納得」とは、自分に働きかける人の言動がまずあって、それを自分が受け入れること。と、なりましょう。
 正しいとか正しくないとかではなく、
「それなら許せる」
という気持ちに近いと思うのです。


 
 ここに至る道のりが問題で、『浮世風呂』に出てくる子のように、他人の家に「お宅の●●ちゃんにいじめられた」などと告げ口に行けるような積極性のある子ならいいのです。
 治療前も、歯医者なり誰なりがいくら忙しそうでも、どんどん質問して、
「なるほど〜だから歯を削るのか、なら仕方ないね」
と思えるでしょう。勝手に削られはじめたら仕方ないけれど、イヤならさっさと転院して、残りをやっておしまい! と、できるでしょう。
 が、歯科心身症の患者はそれができない。
 こういう患者はよくドクターショッピングすると思われがちですが、実はもともとはそうでもないのです。
 ちらりと疑問が浮かんでも、それをとっさにことばにできなかったり、不安を感じても治療途中で転院しては……と義理立てし通院を重ねてしまう。
 無断キャンセルとかもできないタイプです。
 それでドツボにはまったあと、不安で、あちこち医者へ行くという仕組みだと思うのです。