猫も羽<わ>で数えましょう(旧「大塚ひかりのポポ手日記」since2004)

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身を落とすことのできる人

この話をすると、ちょっと自慢めいていてアレなのだが、してしまうと、十五年くらい前だったか、漫画家の江川達也さんが『源氏物語』の連載を始めるというので、いろんな『源氏物語』本を読んだ結果、私の出している本がピンときたそうで、『源氏物語』について教えてほしいと、編集者を通じて連絡があった。
私なんぞに……と、思ったが、江川さんは「教えを乞う身だから」というんで、私の住む所まで来てくださるとおっしゃっていた。
しかし、うちは小家だし、何かと不都合だと思って、私が江川さんの所に出向いた。そこで色々話をして、連載の際には、雑誌の巻末に作者が一行の近況を提供するのだが、私は「紫」という名で、紫式部になりきって近況めいたことを、江川さんと交替で隔週でつぶやいたような記憶がある。
単行本化の際には対談もした。


その時の江川さんの態度がとても立派で私は感動した。
江川さんと比べれば、私はまったく名もない古典エッセイスト。
でも、江川さんは、その時は終始「教えを乞う立場」を貫いてくださった。

当時の私は『源氏物語』の本を色々出していたとはいえ、知識もあいまいなところも多く、何の役にも立たなかったはずなのに。


のちに、私が『源氏物語』の全訳という大それたことをすることになった時も、江川さんには救われた。
全訳の際、私らしさが今一つ出てないような気がしていたところに、今度は私の本の付録におさめる対談相手を江川さんにお引き受けいただいた時、話しているうち、
私の役目は、『源氏物語』の「エロ」を伝えることだ、
と気づかさせてくれた。江川さんとの対話が刺激となって、
源氏物語』はダイレクトな性描写がないことで有名だが、
実は、自然描写や和漢のさまざまな文献、歌の引用によって「性」が表現されている。
そのことを、読者に分かるようにナビすることだ、と、気づいたのである。



こうしたことを思い出し、あれこれ考えを巡らせていると、
「人に教えを乞う」ということのできない人、いい意味で「身を落とすことのできない人」は、ダメだと、自戒をこめて感じてしまう。