猫も羽<わ>で数えましょう(旧「大塚ひかりのポポ手日記」since2004)

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瀬野精一郎先生『歴史の余燼』

大学の時の卒論の指導教官だった瀬野精一郎先生から、
『歴史の余燼』(吉川弘文館)
を頂いた。
これが、意外と……と言っては失礼なのだが、読み出したら止まらなくなって、単行本の直しとかしないといけないのに、少し困っているくらいだ。たとえば、
(15)「「サセホ」か「サセボ」か」は、九州の佐世保のよみかたの話なのだが、戦前は「サセホ」が優勢だったのが、戦後、佐世保アメリカ占領軍が駐留したことにより、駅名の下に「SASEBO」とローマ字で書かれたことから、「サセボ」と発音する人が多くなり、公式のよみかたも「サセボ」に統一されたらしい。
が、明治44年佐世保の徴章の図には「ホ」とあるなど、明治期には「サセホ」が多数派だった、など、とても興味深かった。
「「盛り塩」の由来」」「皇位継承」「産めよ殖やせよ」「二度経験した教科書の墨塗り」など、歴史家らしいテーマのエッセイもたくさんあって、ためになる。



何より面白いのは、随所に挟まれる瀬野先生の自虐ネタで、前著『歴史の残像』の「あとがき」がこの『歴史の余燼』にも掲載されているのだが、そこには、
「平均寿命にも近くなり、周囲の方々に御迷惑をかけないよう、今後は、静かに余生を送りたいと思っている。しかし、愚妻は、このような本を刊行して、差し上げること自体が、周囲の方々にとっては、迷惑になると主張する」
などとあって、のんでたコーヒーを吹き出しそうになった。
こういう、笑える箇所が随所にあるのが先生の文章の特徴だ。


(19)「良妻賢母」も可笑しくて、先生が史料編纂所にいたころ、十歳先輩に当たる稲垣さんという人が、酔っぱらって午前様になると、奥様に「おそい」と怒鳴られたという話を聞くと、稲垣さんに「要するに奥様は悪妻ということですね」と言ったくだりとか。
瀬野先生は昔からこういうところがあって、私が卒業後十五年くらいして、先生にお目にかかった時、「年月が経つと、さすがに変わりますね〜」と、暗に私の容姿の衰えを指摘なさったことがあって、いや〜〜先生、正直だわ〜〜と激しく記憶に刻まれた。


そんなことを思いながら、ぱらぱら読んでいると、この『歴史の余燼』の「あとがき」はこう締めくくられていた。
「前著を刊行した際、「このような本を刊行して、差し上げること自体が、周辺の方々にとって迷惑になる」と主張した愚妻は、もうそのような意見を主張することもない」


 先生はいま八十四歳。
「現在、愚妻の老々介護人兼専業主夫の状況になっている」
というのだ。



実は、ここ数日、瀬野先生のことを思い出していて、「生きてらっしゃるのかな。亡くなったとは聞かないし」などと思っていたところのこのご本だった。
家族のこととか、色んなことが心に浮かび、目頭が熱くなった。

歴史の余燼

歴史の余燼