猫も羽<わ>で数えましょう(旧「大塚ひかりのポポ手日記」since2004)

一切皆苦の人生、だましだまし生きてます。ネットでは、基本的にマイナスなこと、後ろ向きなことを書くスタンスですが、ごく稀にうっかり前向きなことを書いてしまう可能性もあります。

動物(ペット)の対等(平等)意識

犬と猫を飼っているが、犬猫間には、自分たちは同等という意識があるのか。

犬におやつをやると、猫も「くれ」とにじり寄り、

猫におやつをやると、犬も勝手にお座りをして要求する。

これが人間だと、ちょっと違うと思うのか、犬はそこまで反応しない。ただ猫は「くれ」と接近してくるが。

 

狭い乏しい世界でも、自分だけ割をくうのはイヤなのだ。

人間も同じだろう。

よく遺産相続なんかでわずかな資産でもめるのは、なにかしら不平等感があるからに違いない。

 

犬と猫も与えるおやつやエサは違っている。違っているが、一緒にありつけるというのが大事なのである。

それぞれの分、貢献度に応じて、ほぼ正当に配分されたという感覚があれば、遺産相続も揉めないのかも。要は納得という陳腐な結論になるわけだが。

 

犬と猫、まったく違う性質のふたりが見せる妙な対等意識に触れるにつけ、そんなことをふと思った。って、この写真見ると、対等意識を抱いても不思議はないですよね。

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