猫も羽<わ>で数えましょう(旧「大塚ひかりのポポ手日記」since2004)

一切皆苦の人生、だましだまし生きてます。ネットでは、基本的にマイナスなこと、後ろ向きなことを書くスタンスですが、ごく稀にうっかり前向きなことを書いてしまう可能性もあります。

町田康さんラジオ

町田康さんのラジオ番組で、『ギケイキ』と『義経記』の魅力の話をしました。

↓放送は10/8
http://nhk.jp/punk-koten

 

『ギケイキ』、原文に忠実でありながら、今の小説としても激烈に面白いという奇跡の作品です。

 

 

たとえば、文庫『ギケイキ』1の解説にも書いたんですが、書写山の僧と弁慶のいざこざで、書写山が炎上するという大事件が起きる。そのきっかけは、弁慶の“悪口”です。

文学全集なんかだとただ「悪口を言った」で終わる。

それを『ギケイキ』では、弁慶がSNSで@shugyoshaとか、メンション飛ばして、レイプして孕ませたとか、ヤクをやって……的なヤバイことをわんさか書いて、拡散する。それで大騒ぎになります。

 

これでこそ、原文の“悪口”⇒騒ぎの意味が、腑に落ちるというものです。

中世の悪口は御成敗式目で殺人や放火と共に刑事犯罪に規定される重罪で、判例として、“服薬訴申”つまりはラリッて訴えを申し出たなんてのもあるんです。

町田『ギケイキ』はそのへんを押さえている。

 

 

町田さんに聞いてみると、そうした史料を読んでいたわけではなく、

「悪口言って、なんでこんなに大騒ぎになるんだろう」という疑問、

「わからなさ」

から、創作していった文章だというんですね。

 

 

町田さん、天才だな……と思いました(詳しくはラジオを……)

 

 

武士の描き方も当時の武士に近いと思います。

ずいぶん前から中世史研究者の中から、武士の実態は暴力団という声が出ていて(上横手雅敬など)、イコールではないにしても、絶えず闘争を繰り広げているところ、メンツを大事にするところ等々、近いものがあると私も思っていました。

が、『ギケイキ』の武士も「かちこみをかける」という暴力団用語を使ったり(「かちこみ」ってことば、『ギケイキ』で初めて知りました)暴力団的ですが、単に暴力団というわけでもなく、当時の武士というものがあればこんな感じだろうというドンピシャ感があります。

やたらと弱虫なのも面白いし。

 

 

研究者とか、逆に町田さんの小説を読んで、

「そっか、義経、そう考えていたのか」

と、腑に落ちるところもあるのではないか。

 

 

義経記』にしても『宇治拾遺物語集』にしても『源氏物語』にしても、数百年・千年残っているということは、面白いということで、とくにできた当初は熱狂的に受け入れられたはずです。

そうした、できた当初の激烈な面白さを、町田さんの『ギケイキ』や『宇治拾遺物語集』の訳は、彷彿させる。

 

そんな『ギケイキ』の魅力をラジオでは、引き出せたかというと、まったく自信がないのですが、町田さんの喋りは面白いので、ぜひ!

 

★そういえば10/4号「週刊文春」で、酒井順子さんが『ギケイキ』2を紹介してました。『ギケイキ』はこんなふうにいろんな切り口から読める、語りたくなる作品なんですね。

★古典を翻案したものには、芥川龍之介の「好色」とか、太宰治の「御伽草子」とかあるけれど、たいていもとの古典のほうが面白いんですよね。

が、『ギケイキ』とか町田康の訳した『宇治拾遺物語』は、もとのより面白いかもしれない、と思わせるところがあるのが凄いです。

 

 

ちなみに私が初めて原文で読んだ古典文学は、『宇治拾遺物語集』と『竹取物語』。ほぼ同時です。とくに『宇治拾遺物語集』の面白さに、古典オタクへ突き進む道が決まりましたw

ギケイキ: 千年の流転 (河出文庫)

ギケイキ: 千年の流転 (河出文庫)

 

 

 

ギケイキ2: 奈落への飛翔

ギケイキ2: 奈落への飛翔