光源氏はラブレターを書くのも、どんなに想いを連ねたい時でも、万一、紛失して拡散することでもあったら……と用心して、おぼめかして(ほのめかして)、ことばを省いたものだ。
と、妻女三の宮への柏木の熱い恋文を発見した時、思っているが、この光源氏の用心を、ふと思い出すことがある。
藤壺とは、暗号みたいな恋文のやりとりなんかもしていたのだろうか……。
なんて、『源氏物語』には書いてはいないのだが、そんなふうに妄想したりもする。
実際、我が身を省みると、昔、もらったラブレターには、かなり恥ずかしい思いが書き連ねてあって、
「もしもこんなのが親に見られたら」と、あとでぞっとしたこともある。
逆に、あまりに普通の文面で、それがラブレターとは気づかず、あとで男に聞いたら、そうだった……と知った時には、自分の鈍さが呪わしかった。
いや、正直、うっすら気づいてはいたのだが、「えっ、それ、ふつうの手紙だよ」と言われたりするのが怖い、傷つくのが怖くて、そう思わないようにしていたふしもあったのだが。
メールが普及すると、そういう心配もなくなったが、逆に暗証番号などを盗まれると、「流出」という恐ろしいことにもなる。
いずれにしても、今の私にはとんと縁のない話ではあるが、光源氏の用心は、今なお教訓になることなのではないか……と、そんなふうに思う秋の夕暮れ。
続きである。
二人にとってはごくふつうの日常のことばが、愛の暗号になったに違いない。
と、また思い返す秋の夜。
ちょっとロマンチックに走り過ぎました……。