猫も羽<わ>で数えましょう(旧「大塚ひかりのポポ手日記」since2004)

一切皆苦の人生、だましだまし生きてます。ネットでは、基本的にマイナスなこと、後ろ向きなことを書くスタンスですが、ごく稀にうっかり前向きなことを書いてしまう可能性もあります。

大島てる&上祐史浩イベント3

大島てるイベントのメモ続き。

 

客席からの質問で、

「私は猫が死んだら、精神崩壊しそうです。どうしたら?」というのがあり、それに対して上祐氏は、

「それはたぶんおそらくは……新しい猫を飼えば……」

と言ってて、笑った。そして、

「猫に依存しているんですね。今はペットに依存している人多いですからね」

「でも精神崩壊すると、今から言うような人は精神崩壊しないでしょう」とも。

こういう醒めた感じのところが、上祐氏の魅力だろう。

 

が、これほどクールで聡明な人なのに、なぜバカバカしい教理のカルトに入って、だまされ続けていたのか、という疑問は残る。

それで昨日、下記の上祐氏の本などを読んだら、ワンノブゼムにはなりたくない、トップになりたい、という気持ちが物凄く強い人で、同時にもともと「ムー」など愛読し、神秘的なものに惹かれる傾向、そして本気で人類の救済といったことを考える真面目過ぎるところなどがあって、のことらしい。

また、小さいころ、父親が女を作って家を出て行ってしまったことなども、大きいように感じる。本人も「父性不在」というようなことを言っていた。

 

 

ほかにもオウムの信者には、親子関係に問題を抱えている人が多いようで、そこは大きなポイントではあろうけれど、それだけではカルトには入るまい。

神秘的なものに惹かれるというのも若者なら持っている向きもあろうけれど、だからといって、それだけではカルトに入るまい。

人類の救済といった誇大妄想的なことを本気で考える人、これは少数派ではないか。

まぁこうしたいろんな条件が重なり、カルトにはまったということなのだろうか。

 

 

私のよんだ本↓

 

オウム事件 17年目の告白

オウム事件 17年目の告白

 

 

 

(008)危険な宗教の見分け方 (ポプラ新書)

(008)危険な宗教の見分け方 (ポプラ新書)

 

 

↑イベントでは言ってなかったが(あるいは私の帰宅後、言ってたのか?)、これらの本では、太平洋戦争時の日本のトップと、オウムの構造の類似が指摘されていて、興味深かった。

強調されていたのは、どちらも、どこか遠い国ではない、この日本社会から出てきたということ。

これは、イベントで、「麻原は中東のテロリストなどではなく、あくまで日本の男の子だった」と強調していたことと通じ合うだろう。

 

 

また、麻原の故郷が水俣病の地域と重なっていて、その弱視、長兄の全盲などがあり、水俣病の申請をしたものの、却下されたなどが書かれていた。

麻原が、ダライ・ラマやロシアの要人に、それぞれ100 万ドル(一億円以上)の寄付・贈賄をしたことなども。