猫も羽<わ>で数えましょう(旧「大塚ひかりのポポ手日記」since2004)

一切皆苦の人生、だましだまし生きながら、売れない本の宣伝しています

花は

花は枯れるのでしぜんと捨てやすい。

エコである。

人間も本来は、花のように年を取ったら枯れるように死んでいって、土に帰るというのがエコな気がする。

高齢者への延命措置とかは苦しみを長引かせるだけだ。

八十代後半以降になって、口からものが食べられなくなるほど衰弱したら、点滴すらしないで、死にたい。

 

 

 

 

 

 

 半月板損傷から二年以上

経ったけれど、治らない……。

相変わらず膝にはつっぱり感と、痛みがある。

けど、馴れてしまった感じ。

サポーターつけていると、サポーターの違和感で痛みは感じないし。

 

 

 

 

 

 

あまりにもつらい時は

つらい時は友達に話を聞いてもらいたくなりがちなのだが、

あまりにもつらい渦中だったりして心が混乱している時は、

それはやめたほうがいいとこの年になって悟った(遅すぎ)。

 

友達だって、ああでもないこーでもないと混乱している私の負のオーラに巻き込まれたくないだろうし、

なにか言っても、こちらが混乱していたりして、ただ愚痴を言いたいだけという状態だから、アドバイスの甲斐もないということになる。

 

二ヶ月ほど前、そんなことがあって、今もつらさは続いていても、少し客観的になってみると、そう思う。

 

 

 

 

五分くらいあたりから、しごく共感。

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見えない人

世の中には、とても●●に見えない人というのがいる。

と、きょう思った。

 

二十歳に見えない。

五十に見えない。

日本人に見えない。

……といった「見えない」は、その理由が単純で、分かりやすく、ことばにしやすい。

 

しかし、

母親に見えない。

水商売に見えない。

弁護士に見えない。

物書きに見えない。

……といった「見えない」は、なぜそうなのか。なんとなく分かってはいても、ことばにしにくい。

 

 

などと、考えたことであった。

 

 

 

ストレスがひどいと、ものを書くことに傾く。

 

やましたひでこと『源氏物語』

断捨離のやましたひでこさんが好きなのだが、

彼女はよく「その人の部屋はその人自身を表している」と言ってて、その通りだと思う。

 

源氏物語』でも、鬚黒の北の方が長年、“心違ひ”の病におかされ、陰鬱な状態になっており、部屋なども妙に乱雑で清潔なところがない。

それに対して、鬚黒が通い始めた新妻の玉鬘の部屋は、玉を磨き立てたような美しさ。

美しく明るい玉鬘その人と重なるのだ。

 

こういうところも『源氏物語』はリアルで、納得のいくように描かれているのが凄い。

 

 

 

 

 

 

座る時間

あと、有名な話だが、座る時間が長いと、何かとまずいというのがある。

メンタル的にも然りだそうで、

座る時間ばかりの私は超焦る。

なるべく立ったり、歩いたりはしているが。

 

孤独もいけないらしい。

そりゃそうだろう。

 

 

甘いもの断ち

をしている。

甘いものは、鬱気分を亢進させ、諸悪の根源と聞いたからだ。 

実は今までも何度か甘いもの断ちしてきたが、どうしても食べたくなる時があって、なし崩し的に食べていた。 

甘味が麻薬というのは納得できる。

 

さて、いま便秘になりがちな薬を服用しているが、甘いもの断ちをしてから数日、うんこの調子はいい。

甘いものは食べない代わりに、米、麺類などの炭水化物は今まで以上に摂取している。

それに加えて、薬である。それでも便秘にはならないのは、今までの便秘は多くは甘いものによってもたらされていたとみえる。

 

 

最近、諸悪の根源は、男尊女卑にあった気がしている。

母は、男の子は跡継ぎとして大事に思っていたのに対し、私のことは召使いのように思っていたふしがある。

母が死んで一年近く経って、色々と気づいてきたのである。

この感じはあれだ、振られた時と似ている。

 

 

降られた時、最初はただひたすら悲しいだけだったのが、

やがて冷静になると、怒りが湧いてくる。

そして、だんだん忘れ去っていく。

 

 

すべて私の前から消えて、

忘れ去ることができれば幸いである。