猫も羽<わ>で数えましょう(旧「大塚ひかりのポポ手日記」since2004)

めげずに、こつこつ本の宣伝しています。ツイッター⇒https://twitter.com/hikariopopote

日本にもいたマイケルーー源義経

手持ちのCD聞いたり、you tube見てたら、自分でもおかしくなるくらいマイケル漬けで、
リハーサルhttp://www.youtube.com/watch?v=nKZQo6-KG4oとか
ライブhttp://www.youtube.com/watch?v=x3PaFt5lTU8&feature=related(黒豹に変身する所、バビル二世のオープニングでロデムが変身して地を駆ける所http://www.youtube.com/watch?v=-6smcuBW2P8に似てる。マイケルはバビル二世が好きだったそうだから下敷きにしているのかな)
http://www.youtube.com/watch?v=naZ5eahKDVQ&feature=related
の光景を見たら、その凄さもさることながら、こんなにもこの人はストイックに一生懸命だったと思うと、涙がほろほろと落ちる。
それで、検索をかけていたら、ある匿名掲示板に、
「マイケルは実は生きていて、一般人になってどこかで幸せに暮らすのさ」
という感じの書き込みがあって、さらに、
「ほんとにそれならどんなにいいか」
「来年あたり、脅威の新人、登場とかというニュースがネットに流れたりして」
といった感じに続いていた(一般人になるのと、脅威の新人になるのとでは、方向が真逆だが……別人の書き込みだろうから……)。


目頭が熱くなると同時に、義経生存伝説もこうしてできあがっていったのかなと思った。
司馬遼太郎義経を「日本に初めて現れたスター」と言ったものだが、この薄幸のスターは、その後、実は生きていて北方に渡ったという伝説が、あるいはさらに後の世、大陸に渡り、チンギス・ハーンになったという珍説が語られたりした。
義経、なんで死んだ、可哀想に」という思いと、「あれほどの人物はこの狭小な日本では生きにくかったのだ、大陸なら」という思いがないまぜになったのだろうが、いずれにしても、兄頼朝を助け、平家を滅亡させたという「偉業」にもかかわらず、兄頼朝に追われ殺されたという「悲劇」が、あんまり理不尽で気の毒で、「死んだのは間違いだ。生きていてこそ本当だ。どこかで生きていてほしい」、という強い愛と願望が生んだ伝説ではある。



空前の戦の天才でありながら、肉親の情に恵まれず、武士だけれど都で育ち、朝廷から高い位を受け、貴族になろうとした義経は、兄頼朝ににらまれ、非業の死を遂げてしまった。
その死後、「武士」の時代はきたのだから、なにも貴族にならなくても、武士のまま権力をとることも、生きることもできたのに。
「京の都」でなくても、「坂東」にだって政治都市は作れたのに。
極端な戦の天才ではあっても、世智や政治能力に欠けた義経には、それはできなかった……。
義経は『平家物語』等を読むと、武士のあいだより、都で人気があったようにも見えるけれど、
木曾義仲なんかより"京馴れて"いると「持ち上げ」られながら、
"平家の中のえり屑よりもなほ劣れり"
とバカにもされていた。
あれだけの天才なんだから、そんな、生まれ育ち・容姿物腰なんてどうでもいいじゃないか。なんだ、どいつもこいつもぬるい持ち上げ方すんな。と思った人たちが、義経の死後二百年以上経って『義経記』を語り、さらにいくつもの義経物語を作り、死んだ彼を生かしたのだろう。

数年前に買ったマイケル・ジャクソンの楽曲集「NUMBER ONES」を聞きながら、you tubeの凄い姿を見ながら、『源氏物語』のゲラをやりながら、そんなことを思う。