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新編土左(原題ママ)日記///9/29付け足しあり

maonima2013-09-26

東原伸明、ローレン・ウォーラー編『新編土左日記』(おうふう)を、
ご恵贈頂きました。
英文の解説が付いているところが、
英語の勉強になりそうで、
受験生や大学生にうってつけな気がして、
そそられる。


と、思いきや、それだけではありませんでした。
というのも、この本のタイトルをよく見ると、『土佐日記』ではなく『土左日記』。
なぜなんだろう!?
と、解説を見たところ、
「現存する伝本がすべて『土左日記』という表記であり、『土佐日記』という表記ではないという理由による」
とのこと。
そして、「土左」という国名の表記は、
「『古事記』等に見られる一時代古いもの」
で、平安時代において、紀貫之が土佐の守として赴任していた頃は、「土佐」と表記するのが普通だったそうです。
本書の編者は、
「書き手である紀貫之が、歴史地理的な実在の地名「土佐」とは異なる、「土左」という表記をとることにより意図的に、歴史地理、歴史的事実とは一定の距離をとろうとしたものと理解したい。そうであるのならば、これは『土佐日記』の「虚構」というものに対する、一つの方法であると言えるのではないだろうか」
(解説14p)
とのこと。
まだ解説の部分をナナメ読みしただけですが、それだけでも目からウロコというか、非常に意欲的な作であることが伝わってきて、ぞくぞくします。




そういえば、今、私は『竹取物語』のひかりナビ付きの訳をしているのですが、
竹取物語』の著者が紀貫之だという説があるんですよ。
紀氏が当時の政権に恨みを抱いていることや、漢文と仮名を使いこなせる教養人であること、文体などから、作家の杉本苑子がそう推理しています(『NHK歴史発見』4)。
私は、この『土左日記』の解説を見て、別の意味で、『竹取物語』の著者が紀貫之という説もあり得ないとは言い切れないと思いました。
というのも、『竹取物語』って、駄洒落が出てきますよね。
貝がなかった、貝無しだから、甲斐無しといった……。
杉本氏は、こうした「ユーモア精神」が『土佐日記』に通じるというのですが、
駄洒落的な語源説話って、実は『古事記』や『風土記』に凄く出てくるんです。
スサノヲが“すがすがし”と感じたからそこが“須賀”となったとか。
日本神話でこうした似た音による駄洒落が多く語られているのは、単なるユーモア精神とかいうものだけじゃなく、
日本に文字がなかった昔、漢字の「音」による「当て字作業」が重要だった名残でしょう。
「すが」という在来の音に、どの漢字を当てるか考えて「須賀」という字を当てる。漢字を知る知識人が一握りしかいなかった昔、その作業は現代人の想像を絶する大事業だったに違いありません。
竹取物語』に見える駄洒落は、こうした古代の「当て字作業」に重なるものがあると私は感じていました。


しかるに、『土佐日記』もまた、一昔前の『土左日記』という表記をあえて使っている。
何か、両者に共通する性向といったものを感じます。
ということは、『竹取物語紀貫之説もあり?
みたいなことを、巻末の解説エッセイでも書こうと思います。 
(って、そんなこと、素人の感想だよと笑われそうで怖い気もしますが)
(9/29付記 その後、上原作和さんに教えられた中野幸一の「『竹取物語』の作者紀貫之説をめぐって」を読んでみました。中野氏は杉本氏の推理を評価しつつも、現存の平安朝物語の作者名が分かっているのは『源氏物語』と『逢坂越えぬ権中納言』くらいで、作者のほとんどが不明である中、作者の推定は人間像にとどめるべき、確証のないかぎり固有の人名に結びつけるべきではない、と主張しています。確かに! と思いました。人間像をプロファイルした結果、紀貫之的な人に辿り着いたというなら、いいのかもですね)




アマゾンや楽天で検索しても、商品が出て来なかったので、出版元のおうふうのサイトを掲げておきます。
http://www.ohfu.co.jp/book/b128376.html

竹取物語』訳の参考文献としては、
上原作和さん・安藤徹・外山敦子編の『かぐや姫と絵巻の世界』など、『竹取物語』関連の本だけになるかと思っていました。
竹取物語』の作者に関しては、もっと調べて考える必要があるとは思うものの、
場合によっては、こうした意外な本も参考文献一覧に入ることになるかもしれません。

実は私、紀貫之の歌はさほど好きではなく、『土佐日記』も面白いとおもったことはないんです。
竹取物語』は好きなのですが……。
でも、がぜん、興味が湧いてきてしまいました。