猫も羽<わ>で数えましょう(旧「大塚ひかりのポポ手日記」since2004)

一切皆苦の人生、だましだまし生きてます。ネットでは、基本的にマイナスなこと、後ろ向きなことを書くスタンスですが、ごく稀にうっかり前向きなことを書いてしまう可能性もあります。

休み明け直前の自殺が多いのは、「明け」直前だからというより、「休み」が続いたからではないか

 

夏休み明け、正月明け直前に自殺する人は多い。

周囲にもそういう人がいる。

 

が、個人的な感想と実感ではあるのだが、

わたしは「明け」直前だからというより、

「休み」が続いたからではないかという気がしている。

 

私も23年前、心の病を発症し、ほとんど外にも出れない状態が続いた。

しかし投薬やカウンセリングの力で、なんとか無理やりにでも外に出ることによって、少しずつ状態は良くなった。

今また、あれ以来の危機に見舞われているが、

外に出たくないからといって、出ないでいると、どんどん沈んでいく。

イヤでも無理やりでも外に出ると、少し気持ちが上向くというのがある。

 

また、これはフリーランス「あるある」ではないかと思うのだが、連休が続くと、悪化するというのがある。

勤め人なら、通勤というのがあるから、イヤでも外に出るが、フリーランスは家にいてもできてしまうことが多いから、こもりがちになって、ただでさえメンタルが落ち込みやすいところに、連休などあると、ますます引きこもりがちになって悪化するのであろう。

 

コロナ禍で自殺が増えたのは、会いたい人に会えないというのも大きいだろうが、リモートワークが続いて、単純に「外に出ない」ことが増えたからではないだろうか。

 

こもっていると、考えが延々とループする。

堂々巡りである。

それでくたくたに疲れ果てて、万策尽きる感じになって死んでしまう。

ここで、イヤでも何でも、いったん「外に出る」、たとえ足腰が萎えていようと、腰が痛かろうと、這ってでも「外に出る」ことによって、ループが一瞬途切れる。

その「感じ」が持続すれば良い方向へとむかうのではないか(向かうのであろうと思いたい)。

 

 

これはあくまで私の感想だから、間違っている可能性は高いが、そんなふうに思う休み明け直前の夜である。

 

 

 

 

 

 

瀬野先生

snsで、鎌倉殿の話をしてたら、同窓の日本史教師をしている方と、亡き奥富敬之先生の話になって少し盛り上がった。

講演で、奥富敬之助教授を、奥富けいのすけ教授と紹介された話とか、よく色々覚えているなぁと驚いた。

私がすごく印象的だったのは、奥富ゼミの遠足めいた外出で、これは楽しかった。

 

亡くなって14年になるのですね……と彼女が言うので、今年は瀬野先生も亡くなってさびしいという話になった。

瀬野先生とは、卒業後も抜き刷りを頂いたり、電話を頂いたり、つい去年まで交流していたので、今も記憶が生々しく、母が死んだのと同じ一月、母の死の十日後に亡くなったこともあって、同窓のNさんから知らせを受けた時の驚きは、今もはっきり覚えている。

母は89、瀬野先生は90だから、亡くなってもおかしい年ではないのだが。

母は長く寝たきりだったからともかく、

瀬野先生は去年もとても元気な声だったから、あと10年位は生きるような気がしていたのに。

 

 

しかし、元気な時間が長かったのは今思うと幸せだ。

誰しもピンコロと逝きたいのに、逝けないわけだから。

どうすればピンコロできるのだろう。

 

 

一幡は殺されたのになぜ弟の善哉(公暁)は殺されなかったのか

大河を見てて、

「なぜ一幡は殺されたのに、弟の善哉は殺されなかったのか」

という疑問を抱いている方がいらしたのですが、一幡は比企氏腹だけど、善哉は違うということに尽きるのではないでしょうか。

源氏の外戚として権勢を握った北条氏は、比企氏腹の一幡が将軍になれば、その外戚たる比企氏に権勢が移ってしまう、それが嫌で比企能員をおびき寄せて殺し、比企氏を滅亡させたわけですから。

一方の善哉の母は、『吾妻鏡』によると、賀茂六郎重長の娘で、“辻殿”と呼ばれ、為朝の孫娘(『全譯吾妻鏡』3-305p)。

彼女は頼家の「室」(3-163p)とも書かれてますが、家格は高くても重長は早くに死んでるし、勢力はあまりなかったのでしょう。

善哉は、建永元年(1206)十月二十日、尼御台所(政子)の仰せによって、将軍実朝の“御猶子”となっている。その時、乳母の夫の三浦平六衞義村が御賜物を献じたとあります(3-129p)。

善哉の母はその後、承元四年(1210)七月八日に落飾(3-163p)。

善哉も建暦元年(1211)九月十五日、定暁僧都の室において落飾、法名公暁となります(3-176p)

 

 

この公暁は、ご存知のようにのちに実朝を暗殺することになります。

その際にもまた北条氏のあやしい動きがあるんですが、それについては大河で実朝暗殺についてやってからにしようと思います。

 

 

 

頼家の殺され方

大河ドラマ、人気ですね。

私も例年はそんなに見ない大河ですが、専攻が日本中世史で、『吾妻鏡』などはまさに授業でおなじみで、『愚管抄』も愛読書だったりするので、今年はわりあい見ています。

同窓の野村育世さんが、大河関係でテレビに出ていたりして、ますます興味が湧きました。

はじめのうちは茶番な感じだったのが、義経が活躍して死ぬあたりから、どんどん面白くなっていって、周囲にもそういう人が増えているようです。

 

ただ、実在の登場人物はいいのですが、架空の人物が出てくると、ちょっと分かりにくいところもあって、善児の女弟子のトウが、善児を「父の敵!」と殺したところなどは、にわかには意味が分からなかったです(見ているとはいえ、あまり真面目に見ていなかったということもあった)。検索すると、トウは範頼が農作業とかしている時に手伝っていた女の子で、両親を善児に殺されたあと、善児の弟子になっていたのですね。

 この女優は「ウルトラマンジード」という番組でも有名な方のようですが、そっちはさっぱり分かりません。

 

 それでも頼家暗殺のシーンは、『吾妻鏡』には書かれていないものの、京都方の『愚管抄』には書かれているので……それも衝撃的な殺し方……とても印象的で、注目していました。

吾妻鏡』は千三百年頃、北条氏得宗家の支配が確立したあと、書かれた歴史書なので、北条氏に都合の悪いことは書かれていないんですよ。

ゼミの亡き奥富先生などは、「頼朝、頼家、実朝源氏将軍三代はダメなのだ」と主張することで北条得宗家の専制を正当化したといい、

「とにかく『吾妻鏡』には嘘が多い。それを見つけるのも、『吾妻鏡』を読む楽しみでもある」(『吾妻鏡の謎』)と主張されているほどです。

 

基本的な史料としては貴重な『吾妻鏡』ですが、北条氏に都合の悪いことは書かなかったりねじ曲げたりしているため、真相を知るには、北条政子らと同時代に生きた慈円による『愚管抄』とか、定家の『明月記』といった京都方の史料が必要になるんです。

 

頼家の死因もその一つで、『愚管抄』によれば、頼家は北条氏に殺されています。

以下、拙著『毒親の日本史』からの引用です。

「一二〇三年九月二日、時政の一幡襲撃を知った頼家が驚いて太刀を取ろうとしたものの、病み上がりで力が入らない。それを、母の政子もすがりつくなどして捕らえ、九月十日にそのまま修善寺に幽閉。同年十一月三日、義時が一幡を捕らえ、郎等に殺させ、翌一二〇四年七月十八日、修善寺の頼家をも刺し殺させてしまいます。それも激しく抵抗する頼家を、
「頸に紐をつけ、陰嚢を取ったりして殺してしまった」(“頸ニヲヲツケ、フグリヲ取〈とり〉ナドシテコロシテケリ”)(巻第六)
 という残虐ぶり。
吾妻鏡』が事件から百年近く経って成立したのに対し、『愚管抄』の著者・慈円は、関白をつとめた九条兼実(一一四九~一二〇七)の弟で事情通な上、当時をリアルタイムで生きている。記事の信憑性は高く、頼家は母方の北条氏に殺されたことがはっきり分かります。」

 

というわけです。

「衝撃的なのは定家の『明月記』の記事で、それによれば、まだ頼家が存命中の一二〇三年九月七日、幕府の使者が上洛し、
「頼家が没し、子の一幡は時政が討った。弟千幡を跡継ぎにするので、許可してほしい」(本郷和人「本巻の政治情勢」〈『現代語訳 吾妻鏡』7所収〉)
 と言ってきた。
 頼家の死は翌年一二〇四年七月。この時はまだ死んでいないのに、です。」

 

 なぜなのか。

 考察していくと、比企氏の謀反と称する事件も、北条氏の陰謀で、実は頼家出家後は一幡の世となったということで、比企氏が外戚として正統な権力を握るはずだった、それで丸く収まりかけていたのを、北条氏が覆したといったようなことが、浮き彫りになっていくのです。

 ということを書いてます。↓

 

 

 

 

私の愛読書です↓

 

 

これにもずっとお世話になってます↓

 

 

 

 

 

現代語訳小右記

面白いです(手元に常備したいけど、巻数多く……いま14巻まで出てる……家が極狭小で置き場所がないので、図書館で借りてる。すぐ見たい時は、デジタルコレクションの原文見てる)。

今までは必要なとこだけ、国会図書館のデジタルコレクションの漢文で読んでたけど……漢文、古文より得意科目だったけど……やはり漢文より読み下し文、さらには現代語訳のほうが、すらすら読める。

ただ、老眼ほんとに悪くなってて、コロナ前、目医者で「もうこれ以上の度の強いものは作れない」と言われたメガネで見ても、夜はちょっとぼやけるのがつらい。

 

最近、目……とくに右目が痛くて、その関連痛か、右上奥から二番目の歯が痛むのは、目を酷使しているからかも。

眼内レンズを入れる手術をしたほうがいい(つまり白内障の手術)、もし家族や自分なら絶対手術すると、やはりこれもコロナ前に眼科で言われたけど、その直後、コロナ禍になり、また怖くて放置していたのだが、これはこの冬とか来年あたり、手術しないといよいよダメかもしんないなぁ。

 

 

 

肉食の食客

森村誠一の『人間溶解』所収「肉食の食客」が面白いとどこかで見て、今さらながら読んでみましたが、ぐいぐい引き込まれて一気読み。

読みやすい。

怖い。

面白い。

オススメです。

 

 

 

news.yahoo.co.jp

 

これに限らず、オーストラリア先住民にしたこと、遡ればアメリカ先住民にしたこと、まぁ白人はひどいなと思う。

今だって、基本的に有色人種のことは見下している白人は少なくない……と感じる。