猫も羽<わ>で数えましょう(大塚ひかりの犬・猫・人・他)

♥️昔描いた漫画も気まぐれ更新♥️

ちょっくら伊東に行っとった2

maonima2009-09-28

初めての海を見ている









昔、会ったことのある山中麻弓さんの『麝香魚』を読む。
不思議な読後感。
どれも、え?これで終わりという終わり方で、なにか放り出されたような不安感を覚える。
登場人物はそのあと、東電OLのようになったり(山中さんの小説集、読んでるあいだじゅう、東電OLのイメージが浮かんで仕方なかった)、あるいは何ごともなく生きるのかもしれない、と、その行く末は読者の想像に任されている。
けれど、いずれにしてもそれは、綱渡りのようなあやうい日々なのだろうと思わせてくれて、それは私も同じなのだ、と我が身をかえりみさせてくれる。
山中さんの今までの小説はどうも暗い一方に思えて辛かったのだが、今回は、妙な明るさ、たくましさみたいのが感じられて、私は、今までの山中さんの作品集の中では今回のがいちばん好きかも。
源氏物語』だって、古来、尻切れトンボな終わり方って言われてるけど、人生なんて、みんな尻切れトンボ。
きちきちしゃんと終わる一生なんて、ないことを思えば、こういう終わり方も、またなんともはかなくて……。
あとがきにも書いてあるけれど、山中さんは2005年に脳腫瘍の手術をしていて、これは復帰後初の作品集となる。
といっても、一作を除いて、書かれたのは手術前で、それに今回、手を入れてまとめたらしい。





それから、これも昔、会ったことのある渡辺裕一さんの『小説家の開高さん』。
最初、図書館で借りようとしたら、予約がたくさんあったので、購入して読んだ。
驚くほど表現が巧みで、それでいて巧まざるユーモアがあって、凄く引き込まれて、頁をめくる手が止まらない。
1800円出して買うだけの価値は十二分にあった。

蟹工船のほとんどの漁船員が小卒か中学中退で、文盲かそれに近い男たちがごろごろしていて、
「高卒という高学歴を隠さなければならないほどだった」とか、クスッと笑えるし、井上靖の小説の、
「川の畔に立った時の思いは、例外なく一言を以てこれを言えば、“思いよこしまなし”である」という一節を取り上げ、渡辺さんはこれを読んだ時、
「ははあ、この作家は釣りを趣味としない人だな」と思い、
「釣り人というのは川の畔にたたずんだとき、よこしまな思いでいっぱいになる人種だから」とか。
いろいろ面白いし、ためになる。
エピソードのスケールがまた大きくて、たぶんうちの夫とか、惚けてない頃の私の母などはとてもとても好きそうだと思った。
しかし、底流にある「まっとうさ」みたいのが、私にはしっくりこない。
高卒でも人間は上等さ、みたいな匂いが漂っているのが拒絶反応を起こさせるというか、たじろいでしまうというか、自分の卑小さが情けなくなってくるというか、どうも、俺は東大出てるんだぞ〜と叫べば叫ぶほど惨めになっていくといった小説やエッセイのほうが私には馴染みがいいようだ。
きっとビッグコミック、それもスピリッツとかスペリオールとかが付かないやつが好きな人には、面白い作品集なのだと思う。