猫も羽<わ>で数えましょう(旧「大塚ひかりのポポ手日記」since2004)

めげずに、こつこつ本の宣伝しています。ツイッター⇒https://twitter.com/hikariopopote

特定機能病院取り消し

今朝の新聞記事(☆)がきっかけで、東京女子医大が医療ミスで過去二度も特定機能病院を取り消されていたことを知りました。

(☆二歳の子に大量の禁忌の麻酔薬を漫然と投与して死に至らしめた罪は大きいということで、六人の医師が書類送検されたという記事です。)

そして東京医科大も、医療ミスで同様のことがあったことを。

 

 

どちらの病院も、あ〜〜あそこならあるわ、という感想。

女子医大は一九八〇年代、二十代のころかかって、それはそれは高圧的な医師がいて、私はその医師にはかからなかったからいいけれど、すぐ近くでお婆さんが、医師に物凄く叱られていて……当時は患者のプライバシーを守るという感覚は薄くて、そういう様子も手に取るように筒抜けだった……苦しいくらいでした。

 

似たような体験は、K我山病院でもありました。

その後二度と行ってないから今のK我山病院がどんな感じかは分かりません。

女子医大は一九九〇年代、頭を打った時、再び行って、その時は感じ良かったです。

 

二〇〇〇年代、娘を生んだK林大学病院もひどかった。

まず眠れないから薬をくれたんだけど、その薬の水が消毒液の味。

消毒液につけたままであることを忘れてたようです。

 

その上、産後不安な時、娘に会わせてくれなくて、理由を尋ねると、「旦那さんが来たら言います」と。それでますます不安になっていたら、娘が血液を吐いた、お母さんの血液を飲んだのか、自分の血液なのか、不明なのでNICUで様子を見るというのです。

娘は産後すぐに元気に私のおっぱいを吸っていたのに、引き離されて、他のお母さんたちがおっぱいやってても、私だけ病室にひとり残される。それを看護師は、

「これからイヤでも大変になるんだから、今のうち休んでおきなさいよ」

と言うけれど、まったく慰めにならない。

 

娘はNICUで点滴の管につながれていて、私は退院後も初乳を絞ってタクシーで運んだりしてましたが、とにかく物凄く食欲がある(おっぱいをほしがる)というので、退院となりました。

私は産後四、五日で退院、娘は生後まもなくNICUに入って十日入院していたのですが、その間、どんなに不安だったか。

産後すぐ「お話がある」と言われ、「何ですか?」と聞いても言わず、夫と一緒の時に言うとのことで、待たされた十時間、一体娘はどんな障害があって生まれたのだろう、とどれほど不安だったか。

それが吐血ということで(私にしてみたら拍子抜け)、

しかも、私の血をのんで吐いたのか、娘自身の血かは、退院時にも闇の中なものの、状況からして私の血液をのんで、それを吐いたということのほうが可能性が高かったようです。

あの余計な引き離しと入院のせいで、こっちは不安定な産後の時期、どれだけ辛かったことか。

 

そうしたらのちに同大学病院で割り箸事件というのが起きて、むべなるかなと思ったものです。

 

 

 

医科大にしても、今回の私の体験からいっても、医療ミスや事故が起きても不思議はないなぁという感じ。

「教授様」「医師様」第一主義で、看護師や受付は彼らの都合を最優先、患者の都合や気持ちは二の次なんです。

白い巨塔」の世界です。

 

 

 

私は医科歯科には十年以上、聖路加にも半年近く通ったけれど、そうした患者をないがしろにする姿勢は感じなかった。

事故が起きる病院は、なるほどあそこなら……と思えるものです。

 

 

変な医師、ひどい医師はどこの大病院にもいて、

東大病院も、自分の診療で自作のグッズを売ったりしていた、とんでもない医者がいたけれど、彼は他の医師にもおかしいと言われていて、結局、追われるようにしてやめたものです。

そういう自浄作用みたいなものが、医科大や女子医大には感じられなかったんですよね。

予約のシステム一つとっても医者本位だし、かばい合い・隠蔽体質なんですよ。

 

 

 

 

くそじじいとくそばばあの日本史 (ポプラ新書)
 

 

 

女系図でみる驚きの日本史 (新潮新書)

女系図でみる驚きの日本史 (新潮新書)

 
女系図でみる日本争乱史 (新潮新書)

女系図でみる日本争乱史 (新潮新書)