猫も羽<わ>で数えましょう(旧「大塚ひかりのポポ手日記」since2004)

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寒河尼(寒川尼)

いま、くそ爺婆第二弾書いています。

またまた元気な爺婆いっぱい出てくるんですが、

その一人として、寒河尼のこと書いてます。

彼女のことは女系図の本作った時、いっぱい調べて、ゆかりの地も訪ねたものです。

で、色んな本に『老士雑談』によると近衛院に仕えてて八田之局と呼ばれ、宗綱息女で……と書いてあるんですが、実際に同書に当たると“朝綱之息女”とあるんです。

宗綱女というのは『吾妻鏡』にそうあるから、それが通説化しているのですが、年齢的にも朝綱女のほうがいいし、そっちを取る説もあって、私はそっち派です。

そうなると、『百人一首』のもととなった障子歌を定家に依頼した宇都宮頼綱は寒河尼の甥ということなります。

北条氏による粛清の嵐の時、坊主になっただけでゆるされた人。寒河尼の子(継子説も)小山朝政や結城朝光のナイスなフォローもあって。

 

この寒河尼というのは頼朝の乳母の一人で、91歳まで生きているんですよ!

小山市のキャラにもなってて、2015年のゆるキャラグランプリでは、夫の「政光くん」とセットで堂々の八位になってて、私、小山市に行って、そのキーホルダーやシール、小山市の漫画などを買い込んだものです。

このシールには「寒川尼」とありますが、『吾妻鏡』の治承四年十月二日条の注記では寒河尼。

吾妻鏡』によると、“大功あるによつて”下野国寒河郡と網戸郷を授けられ、「源頼朝袖判下文」によれば“地頭職”に任命された女地頭です。

この時代は、巴や坂額などの女武将もいたんですよね。

なんてことを今、書いてます。

 

「鎌倉殿の13人」に出てくるのかなぁ、なんて思いながら。

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数年前、小山市で購入した漫画とキーホルダー

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同じくシール

これらのグッズの購入も一苦労でした。

どこにもうってなくて、観光協会も目立たない入り口の上、閉まっている。

思い切ってノックして大声で呼んだら、お爺さんに近いおじさんが出てきて、

色々買い込んだのでした。

 

 

 

 ↑この本書いてる時、行ったのです。

「乳母の力」という章を立てたくて、色々調べた時、寒河尼のこともあれこれ調べ、取材もし、系図も書きましたが、結局、没にしたのでした。

それが今、生きているわけです。

 

 

『老士雑談』の続きですが、ひょっとしてここに出てくる八田之局と寒河尼は別人という可能性もあるのではないかという気もしてます。

なんでかっていうと、八田之局は、源義朝と密通して、局が妊娠中に小山氏に下げ渡され、生まれたのが八田知家だと書いてあるんです。

でも八田知家は一一四二年生まれ。寒河尼は一一三八年生まれで、これだと数え年五歳で生んだことになります。

そうなると、八田之局は寒河尼の親類だけど別人と考えたほうが良くなってくる。

ここいらへん、本当のところは分からないですよね。