猫も羽<わ>で数えましょう(旧「大塚ひかりのポポ手日記」since2004)

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富めるわたしであったなら

maonima2009-04-17

ユーミンの新しいアルバム「そしてもう一度夢見るだろう」が、制作会社の方から送られてきた。
なぜ私に?と思って同封のお手紙を読むと、
以前、松任谷正隆さんのラジオ番組に出た際、わたしのしゃべったことがこのアルバムの「Dangerous tonight」という曲を作詞するとき、ヒントになったからとのことで、「special thanks」のところに「Hikari Otsuka」の名が入っていた。

だが歌詞を見ても、言われてみれば「あそこかな」と思うていどで、どこをヒントにしたのか、言われなければぜったい気づかなかったろう。
それなのに、わたしの名前をクレジットに入れてくださるとは。
あまりに誠実な、というか、さすがである。

わたしにしてみれば、棚からぼた餅というか、得した気分というか、ミーハーかもしれないけれど嬉しく誇らしい。


このアルバムの「人魚姫の夢」が、泣ける……。
人魚姫……。
初めて失恋した二十六歳の頃、バナナと牛乳しか受け付けなくて白いうんこを出しながら、自分を人魚姫の悲しみに重ねたものだった。



アンデルセンは切ないなぁ。
「もしも心に慰めの、
富めるわたしであったなら、
悲しい思いのかずかずを、
紙に書かずにすもうもの!
〜(中略)〜
そうです、こういう詩は、だれでも恋をしている時は書くものです。ただ、つつしみ深い人は、それを印刷させないだけです」
(アンデルセン「幸福の長靴」岩波文庫完訳アンデルセン童話集1 大畑末吉訳)

ああ、私は何百枚、何千枚、印刷させたことか。
アンデルセンなんか何億枚……。



平将門にはまる今日この頃。
源氏物語』との関連からいっても、のめりこまずにいられぬ私。
心からのめりこんでいる時はほんとに楽しいな。
例によって系図書いたり。
北山茂夫平将門』(講談社学術文庫)……誰それは将門びいきでついああいう解釈になったが、実は……みたいな感じに書かれているが、さいごはありありと将門びいきの締め。
なにより『将門記』自体が将門びいきだもん。
討っ手の貞盛が、すでに将門びいきな感じに『将門記』には描かれてるし。
私も最近、将門びいき。
坂東人としては当然じゃん?(父方親戚は皆関西人だけれど)
紫式部も案外、そうだったんじゃないかと思ったり。
紫式部集』15の、紫式部と擬似姉妹の約束をかわす女友達って、紫式部の父為時の姉妹(紫式部のおば)と、貞盛の息子維将のあいだにできた娘と言われるって、新潮古典集成の注にはあるけれど、これはなにか根拠があるのだろうか。
角田文衛が『紫式部の世界』で言ってることが根拠になるのだろうか。
しかし萩谷朴の『紫式部日記全注釈』の系図だと、そもそも平維将の妻は、為時の姉妹じゃなくて、為時の兄弟の為頼の娘ということになってるし、いろいろ不確実なことが多い気がする。
しかし紫式部の親兄弟と貞盛の子孫とに、深い関わりがあったことは、確かなようで、そこが私としてはそそられるのだ。



原和子って、1970年代に時代劇によく出ていた女優はいったいどこに行ってしまったんだろう。気になる。「あの人はいま」とか検索してみても分からない。それに同姓同名の学者がいるから紛らわしい。
と思ってたら、上村香子に改名したとの情報が!
どうもそっくりだと思って、最初みたとき、上村香子かと思っていたのだが、本人だったとは。