maonima’s diary(大塚ひかりの犬・猫・人・他)

2005年、はてなダイアリーに始まり、今に至る

死にたい

カレー沢薫先生のツイッターの背景に「死にたい」ってセリフ入ってて、いいなぁと思う。

「死にたい」は「生きたい」だというけど、たしかにそういうところもあるものの、単に疲れた、なにもかも……その他、複雑な気持ちや体感を、表現力が乏しいばっかりに、「死にたい」で表しているようなところもあろう(私の場合)。

語彙の少ない幼い子が、凄くつらいのでも疲れたのでも熱っぽいのでも何でも「痛い」とかで表現するようなものというか……。

 

 

マイナスのことばは、マイナスを引き寄せるから使わないほうがいいと言う人もいる。

たしかにそれも一理あるが、しかし、なにもかもいや、悲しい、惨め、つらい、古典エッセイスト? ぷっ、在野で色々やってるとどんなに頑張ってもやっぱうさんくさいとか思ってる人は少なくないのだろう、私の人生なんだったの、とかいう気分になっているというのに、

「私はできる」「いける」「やれる」と唱えてみたところで、どうなる。娘も異国にいて、夫も会社。自分ひとりだしと思いきや、猫と犬がいる。猫は私のことなど気にはしないが、犬は寝ているようでも私の一挙手一投足に集中している。

そんな、犬の思惑まで……と思うかもしれないが、これが気になる。反応してくるから。

と書いてて思ったが、いっそ「死にたい」の代わりに「散歩」と言ってみたらどうか。きっとシバは期待する。お座りしたり、水をのんで準備してしまうかもしれない。めんどくせぇと思いながらも、期待に応えようと、私も散歩に行かざるを得なくなって……。

って、これ、結局は、マイナスのことばを使うのはよそう……という世間一般に言われてることと同じ展開になってしまった……疲れるぅぅ。