私の大好きな歌というか、私を支えてくれる歌です。
“長らへば またこのごろや しのばれむ 憂しと見し世ぞ 今は恋しき”
生きてさえいれば、また今のことも懐かしく思い出されるだろう。憂鬱だと思っていた昔のことも、今は恋しい……
そんなふうに、今を思い出せる時がくるといいな。
その時まで生きていたいな。
私の大好きな歌というか、私を支えてくれる歌です。
“長らへば またこのごろや しのばれむ 憂しと見し世ぞ 今は恋しき”
生きてさえいれば、また今のことも懐かしく思い出されるだろう。憂鬱だと思っていた昔のことも、今は恋しい……
そんなふうに、今を思い出せる時がくるといいな。
その時まで生きていたいな。
面白かったのだが、いわゆる胸糞映画で、救いがあまりない。
実際にあった事件をもとにしているらしい。
日本でもこういう事件、あったし、日本の事件のほうが殺された乳児の数は多かったはず。
変わらぬ加藤諦三節である。
面白い。
しかし、この本をほんとうに読むべき人は、きっとこの本は読まない。
病識というか、自覚もないだろうし、いつもひとのせいにして、自分に問題があるとは思わないだろうから。
逆に言うと、こういう本に辿り着き、手にした時点で、救いはあるだろう。
万事に言えることではあるが、「気づいた」ら、あとは割と早いのではなかろうか。
京極夏彦。
よく「俺は晴れ男だから晴れるよ」みたいな発言をする人がいる。こういうのは、
「驕り高ぶった愚かな発言」
「天候が人間風情の動向に従うわけがない」
と言ってて、共感。
「ただ、人間には効きます。人の心は言葉で左右される」
と。
あと、言葉の通じない人もいるし、言っても分からない場合もある、と。
だから言葉は怖いんですねー

中秋の名月は過ぎましたが、江戸時代末期『旧儀式図画帖』(猪熊兼樹、東京国立博物館セレクション。写真は同書より)によると、当夜、芋と茄子が用意されて、天皇は萩製の箸で茄子に穴を開け、穴に箸を三回通し、茄子の穴から月を眺めました。この時、
「あいわいきよ福徳幸<さいわい>望月の思いのままの茄子<なすび>なりけり」
という歌を三回唱えたと。
その後、女官たちにも茄子が回されて、同じ作法で月を眺めました(以上、前掲書より)。
この歌の「あいわいきよ」って何なんでしょうね。
京都府立大学学術機関リポジトリ
https://kpu.repo.nii.ac.jp › record › files
PDF
井之口有一「尼門跡の言語環境について」という論文によると、「あいわいぎょ」「あいわいよ」とも言っていたようです。
世界的に占いが大流行しているようだ。
それだけ不安な時代、皆がよりどころをなくした時代になっているのだろう。
あなただけじゃない、私だけじゃないんですね。
↓
今の私の正直な気持ちが出た本です。
しおれた私を慰めることばは、窮地にあるあなたを慰めることばでもあるでしょう。
出版不況のご時世、堅実な出発からの、こつこつ増刷を目指しています。
ご予約よろしくお願い申し上げます。
安楽死は、もちろん賛成です。
柴犬を飼っていた時も、さいご、腹水がすごくたまって、七回も抜いて、苦しそうなのを見たら、もう安楽死でいいんじゃないかとも思った。
まして人間は、ことばがあるのだから、ある程度の年齢になったら、安楽死カードみたいのを作り、意識がなくなった時や認知症になって判断力がなくなった時などに、安楽死を選ぶ意思表示ができるようにしたほうがいいように思う。
今だと、スイスに行かないと安楽死できないようだが、死ぬくらいの状況だとスイスに行く体力もないだろうし、自国で死にたい人も多かろう。
早く安楽死が認められる国になってほしいものの……選択的夫婦別姓ですら認められないんだから、安楽死が認められるのはいつのころになるやら……。
あと、過剰な延命はやめてほしい。少なくとも自分はされたくない。食欲が落ちればもうそのままにしてほしい。栄養点滴でさえしてほしくない。
安楽死が認められていれば、江藤淳とか西部邁とかも自殺しないで済んだろうに……。
予約始まりました。↓
医者帰りの電車で声を掛けられた。
シルバーシート(今は優先席っていうんですよね。けど私ら世代はこう呼んでました)に座っていたら、隣に座った人が「赤い十字マーク」を示して、「私、ほら、体が」と言うので、「いや、もうどうぞどうぞ」みたいに言うと(席を譲ったわけではない。私の右隣の席が空いていて、そこに座っていいかという意味らしかった。もちろん「どうぞどうぞ」である)、
「私、くも膜下出血を四回やったんですよ」と言う。
驚いていると、
「お医者さんが言うには、まだあなたはこの世に必要とされているから生きているんだって」「とにかく生きようという意欲が大事!」
と繰り返していた。
私がよほど生きる意欲がなさそうに見えたのだろうか。
それで、神が人に姿を変えて、私を励まそうとしたのだろうか。
まぁそんなことは全くないと思うが、古典文学にはそんな筋がよくあるから。
年を聞くと、「80歳」とのことで、「見えません」と言うと、「でしょ? ほら触って」と、左ほっぺを私に触らせてくれた。たしかにつやつやパンパン。
ほかにも可笑しいことを言っていたが、このくらいにしておく。
だなと最近つくづく思う。
私は未熟者なので、この年になって、聡明な人なら、二十代や三十代でわかっているようなことが、やっとわかってきた。
いちばん大事なのはコミュニケーションなんだって。
こういうと本当に陳腐なんだけど、それが実感。
もちろんコミュニケーションを避けたい人たちもいる。
精神的に疲弊するだけの人たちも。
しかしそういう人たちにかぎって、遠くに住んでいても、血のつながりなどで関わりが避けられなかったりするものだ。
それで消耗したエネルギーを回復させるためにも、またそこで不必要に疲弊しないためにも、気の合う、付き合って気持ちの良い近くの人たちとの関係を大切にしていきたいと切に思う。
神は見ているというが、その神とは近くの人たち……近くの心優しい他人のことなのではないかと最近思うことしきりだ。
母が死んだ時、母の親友だったおばちゃん(と言うてももう90才前後)が、
「あなたのママは、あなたの小さいころ、ひかりはほんとに気が小さくて困ると言ってた」と、何かの拍子に言っていた。
そう。基本的に私は気が小さいのだ。
わずかな物音にもビクッとする小動物のように、絶えずビクビク生きているんだと思う。
不安神経症である。
そうした臆病な性格だから、色々と調べる癖があり、それがものを書く際にも役立っているのだろう。
もろ刃の剣というが、それが私に役立ちもして、私を苦しめもしてきたと思う。
原因は遺伝とか環境とか色々あるだろう。
あと、最近、強く思うのは男尊女卑の弊害だ。
私の親世代はまだまだそれが根強い。
女の子なんだから、と何度言われたことか。
こうしたすべてが、「修業」のような日々と一つながりなのだと思う。