猫も羽<わ>で数えましょう(旧「大塚ひかりのポポ手日記」since2004)

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胴上げの心配

いろいろ追い詰められているのに、山口崇のインタビューがちらっと載ってるらしき「くろすと〜く」という地域誌のバックナンバー(2001年八月号)があるかどうかメールで問い合わせたりしている私。
さっそく返信が来て「今非常に忙しいので、在庫を調べるのにしばらくお時間をいただきたい」とのこと。いつまでも待ちますよ。



 そして山口崇のご子息(長唄師匠、山口太郎)のサイトまで検索。
ご子息は、山口崇に似て爽やかな感じだが、しかしお父さんの同じくらいの年の頃と比べたらね〜。
と、脳内で言ってて、ふと気づいた。
これって『源氏物語』にありがちな、老いしらへる御達と同じようなもんじゃん、と。
ほら、「若菜上」巻で、朱雀院が女三の宮の婿として、光源氏の息子の夕霧なんかどうかと思って、打診しているとき、夕霧の姿をのぞき見している女房たちが、
「ね〜すてきですね〜」
とうっとりしているそばで、老いしらへる女房たちは、
「いや、それでもお父様の光源氏様があのくらいだった頃とは比べものになりませんわ」
とか言う。
 そんな感じ。



 最近では、老い山口崇に脳内がなりかわっていることもある。
 それも『万葉集』3791から3793の“竹取の翁”テイストになってるの。
 春、“竹取の翁”が丘で九人の天女風の若い子たちに呼ばれたので、行ってみれば、
「誰がこんなお爺さんを呼んだの?」
って若い子たちにからわれちゃう。それで翁は、
「私が若い頃はどんなにイケメンだったか。その美しさ、気品に、すれ違う人は皆、どこの御曹司?って振り返ったもの。死んだらともかく、生きていれば、あなたたちにも白髪がはえもする。老いもするんだよ」
と、訴えるの。
 最近のテレビや雑誌でみる山口崇を「老いたね〜」とか言ってる皆さま方(って誰よ)。若い頃は、どこで調べたのか、家に女性ファンがおしかけてくるほどだったのですよ、そごうのイベントではサインを求めるファンにもみくちゃにされるほどだったのですよ。
 って、山口崇になりかわって、「崇、老いた」と時に思う自分に言い聞かせるように、脳内でつぶやいたりしているのです。
 





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 そういえば、昨日、夫が送別会だというので、
「送別会で胴上げされて死んだ人がいるから、胴上げだけは断るように」
とメールしたら、帰宅後の夫に、
「変だ変だと思っていたけど、やっぱり変だね」
と笑われた。
 子供に言ったら、
「え? ふつう、送別会といったら、まず胴上げの心配するでしょ」
と共感され、かえって不安になった(子供のことが)。