猫も羽<わ>で数えましょう(旧「大塚ひかりのポポ手日記」since2004)

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藤十郎のお初を見たけれど

maonima2009-04-25

歌舞伎の券があったんで、昨夜、「曽根崎心中」のとこだけ、見に行った。
なんでも、お初役は、今回で1300回目になるという籐十郎だったが。

私は受け付けなかった。
まずお初が十九の娘に見えない。
藤十郎がほんとに初々しい娘に見える」といった評を以前何かで見たが、
私には、若作りした年寄りが嬌声をあげてるようにしか見えない。
ただグロかった。
筋も、「なんでこれで死ぬのかいな」と、『源氏物語』を読みつけている身としては、あまりにお粗末というか、必然性が感じられなかった。
演じ手がもっと魅力的だったら、そこを無理矢理感じさせるということができるのだろうが、そうではなかった。

つまらない演目でも吉右衛門とか玉三郎だと、美しさに見入って、最後まで見てしまうということも今まではあったのだけど。
人間国宝のすばらしさは、私には分からなかった。
狂言なんかだとやっぱ五十はひよっこで、七十過ぎないとダメだ、なんてのがたくさんあるんだが。
歌舞伎って、そもそもが若者が演じるのに適した演劇だったのではなかろうか。と思えることが多々ある。




テレビで見る素の藤十郎はとても魅力的で、今回もいちばん良かったのは、最後の「1300回記念の舞台挨拶」だったが。
「いつまでもお初を演じたい」と言ってたけど、もっと若い後進にやらせたらという気がした。
森光子の「放浪記」もそうだが、いくら当たり役だからといって、「続けること」が目標であるかのように、延々とやり続けるというのも考え物というか、なんだかなぁと思う。
というか、そもそも私は歌舞伎は肌に合わないというか、嫌いなんだな。
歌舞伎は、母と十代の頃からずいぶん見に行ったのに、
正月の派手な獅子舞とか、四谷怪談くらいだものな、面白く感じたのって。
でも、しばらくすると、性懲りもなく見たくなるのは、見得を切るとこのスカッとさとか、舞台装置とか、歌とかお囃子とか、効果音とか、お土産物とか、そういうのが恋しくなるのだろう。