猫も羽<わ>で数えましょう(大塚ひかりの犬・猫・人・他)

♥️昔描いた漫画も気まぐれ更新♥️

母の見舞い。
「退屈じゃないか」
と聞くと、
「大丈夫。考え事しているから」
と言うので、
「何を考えているの」
と聞くと、
「今日のご飯は何かな、とか、退院してからのこととか」
「退院してからどうしようと考えているの」
「うまくすると、ここの英語の先生に雇ってもらえるかもしれないから、そのための教材を考えているの」
「そうなの?」
「そうなの。ここは折り紙とか、いろんなお教室があって、そこの英語の先生が年を取って引退するから」
「年取って引退って、ママより年取ってるなら、もう八十近いんだね、その先生は」
「そう。おじいちゃんなの。噂では年収一千万円もらえるかもしれないの」
「その噂って、誰が言ってるの? どこで?」
と、面白いのでさらに聞くと、
「そういう声が聞こえてくるのね耳に。人に言うと妄想って言うから、言わないようにしているんだけど」
 そういえば、三十年以上前のこと。
 母が英会話学校で週一くらい教えたり、家で英語を教えている頃、英会話学校で知り合った講師に、東京の専門学校だかどこかの学校で、ひとりもう年だし、ダメだから引退する人がいるんで、正社員として英語の先生になってくれないかと母が打診されたことがあって、しかし、藤沢から毎日通うのも大変だし、高校生と中学生の子供がいるしと、結局、断ったことがあった。
年収一千万ということはなかったと思うが、皆が「凄いねぇ」「さすがだねぇ」と褒めたものだった。
その時の記憶が妄想となっているのかもしれないと思って、
「小説家みたいだね。小説家だって、いろんな経験とかが熟して、お話を作っているんだから、ママもそうやって、頭でいろいろ思いつくものをノートに書いとけば」
と言ったら、
「そうする」
と言っていた。
 しかし一週間前に置いてきたノートを夫が見たところによると(私は見てはいけない気がして見なかった。うちの子は見るのが怖い気がして見なかったと言っていた)五行くらいしか文字が書いてなかったそうなので、たぶん書かないだろうが。



 ハロウィンのカードをうちの子が自分の名前を書いて手渡しているのに、私のいとこの子供と勘違いしたりしていたが、病院の夕飯が出てくると、いつもは、
「あなたたちの分も予約しているから」
とかおかしなことを言うのだが、今日は、
「どんなメニューか見ていく?」
などと、まともなことを言っていた。
しかし病室近くの自販機のような単純なものでも使いこなせない母に、
「お茶買ってきましょうか」
と夫が聞くと、
「お茶は要らない、コーラが飲みたい」
と言うので、自販機で買ってきてもらうと、
「おいしいおいしい」
と何度も言って、喜んでいた。
 私には、
「今度は口紅を持ってきてほしい」
と言っていた。
また、子供が持って行ったハロウィンの人形の包みの英字新聞を棄てようとすると、
「読むから」
と言って、病室の机に置いていた。
「そんな小さい字、読める?」
と聞くと、
「じーじが、これ持ってきてくれたから」
と、拡大鏡を見せてくれた。