maonima’s diary(大塚ひかりの犬・猫・人・他)

2005年、はてなダイアリーに始まり、今に至る

maonima2011-05-13

昨日は秋に出る雑誌の連載で『源氏物語』の鼎談でした。
「若紫」「末摘花」「紅葉賀」「花宴」、それぞれ、少女、ブス、老女、敵一族の女、との性愛という、濃い巻々。
私は司会進行役を兼ねているのですが、一回目はともかく、二回目の今回、他のお二人の面白さを引き出せた自信がなく、次はそのあたりに注意しようと今から心している次第。



田中ひかるさんから『「オバサン」はなぜ嫌われるか』(集英社新書)、私の『オバサン論』も引用されています。参考文献に拙著が載るって嬉しいですね。
ふと考えてみると、私も五十になり、また、以前から性=政であり、生などと言っているせいか、最近、中高年の性愛絡みの仕事が増えてる気がします。

「オバサン」はなぜ嫌われるか (集英社新書)

「オバサン」はなぜ嫌われるか (集英社新書)

小谷野敦さん『友達がいないということ』(ちくまプリマー新書)、ちらっと中を見るつもりが読みやすくてつるつる一気読みしてしまいました。私より、タイトルを見て読みだした娘が共感したようでした。



上原美優の自殺、最初、上原美優って誰だろうと思っていたら、子供が見ている番組によく出ている人でした。
女がブスや貧乏や育ちの悪さ(上原美優は私はむしろ育ちがいいと思ってます。名門学校とかに小さい頃から行ってても、すぐ人を見下したり、いじめを見て見ぬふりしたりするような人はほんとに「育ちが悪い」と思う。「育ち方が悪い」というか。成金を馬鹿にする人たちもそう。親や先祖の金で楽してる自分たちのほうが、努力して成り上がった人たちより立派だとでも思っているのでしょうか)といったものを前面に出して売るってことのきつさを、感じます。そうするとどうしても周りは公私共に「この女にはそれなりの扱いでよし」という侮りの気持ちを抱きがちで、彼女の出ていた番組でもそういう扱いに見えました。
女は、男は、と言いたくないけれど、女は、敬愛され大事にされてこそ生き生きするというところがあると思います。もちろんそれは男も同じなのですが、性愛の仕組みが違うからか、貧乏芸人や不細工芸人でも、男はそれを糧にふくらんでいけるのに対し、女の場合はだんだんすり減っていくところがあるような気がする。
痛い感じのレオタード姿でブレイクしたいとうあさこが、小学校から生え抜きの雙葉出身のいわゆる「お嬢様」であることをある時期からばんばん出してきたことは、そういう意味で、本人にとっては良かったと思います。つまらないことではあるけれど、ペッペッ、世間てそういうもんなんですよね。
上原美優のような立ち位置とか扱われようは、本人は辛かったんじゃないかなと、ふだん芸能人が死んでもあまり感じるところのない私だけれど、今回ばかりはいろいろ考えさせられます。