美女はドラマを生む。だから厚かましくもなる

maonima2008-10-27

 ずっと、ひとりでやってきた。
 しかし、今回の『源氏物語』全訳では、取材されるたび、対談で喋るたび、自分の『源氏物語』観が形をなしていき、物凄く触発された。つまらない取材だったと思えるような時ですら、たくさんのものを得た。
 朝から晩まで『源氏』漬けで、『源氏』に出てくる催馬楽や神楽歌や和歌や漢詩の原典に当たり、『源氏』に託された意味を探る過程で、聞いたこと喋ったことが、赤児の脳のように私の心身にしみていった。
 二十年前、ひとり泣きながら書いた失恋エッセイで、心の準備も覚悟も意欲もなく物書きになってしまったようなところがあって、いい年をしてモラトリアムな気分が抜けず、『「源氏物語」の身体測定』などはそうした膨大な時間と余裕の中でこそ書けたんだと思う。「ブス論」ではかなり今の自分に近づいてきたが、今回ほど自分の中で「やってる」感のあった仕事はない。ずいぶん遠回りしたものだが。
源氏物語』も二巻の入稿頃に方針が定まり、一巻の三校に反映させて校了、しかし二巻も再校だというのに、別紙が15枚くらい付くほど直しがある。
 
 
 というような状況のきのうの夜中午前一時半。玄関に寝ていたシバが急に吠え出した。
「何だ」と思うまもなく、家の前の道で、男女が喧嘩する声が。
「なんでなの、なんで!」
「もう帰るんだよ」
 男は帰ろうとしているのを、どうやら女が引きとめているらしい。
「なんで」
……以下、女の言葉は「うわうわうわ、ほやほや、ひあひあ……」としか聞き取れず中身が分からない。
しかしますますワウワウ吠えるシバに「静かにしなさい」と言っていると、男が大声で、 
「ったく、学習能力のない女だな」
「うわ〜ん」
と女は泣いている様子。
 女は男にうざがられているらしい。
 そしてなおも大声で言い合う二人。
 つきあって一年くらい経つのかね。学習能力ないって言われてるとこみると、女側に未練があって復縁した二人なのかな。それにしても、まぁ大声でよくやるよ。女も状況からするとすがってるんだろうが、その割には、怒ってる風で態度がでかい。
 いったい、どんな顔してるんだろう。
 と、興味がわいて、部屋を暗くして、そっとカーテンの陰から覗いてみると、二人の姿形がはっきり見える。
 男は白っぽいスーツで太め。31歳くらいだろう。
 女は黒のチュニックか何かを着ている。28くらいで、これがけっこうな美人なのである。



 なるほどな。
 美人だから、あそこまで人目もかまわず恥ずかしげなく、イタイほど見苦しく、感情のままに、すがることができるのかもな。
 『源氏物語』でも、嫉妬したり恨んだり、男をなじったりするのは紫の上とか六条御息所といった美人。
 花散里や末摘花はできないよなぁ。末摘花なんて、「玉鬘」巻で、来ない源氏を恨んだ歌を送ったことあるけど、それもプレゼントされた着物の返歌で“唐衣”歌いこんで、無理矢理作ったような歌だし。嫉妬さえ恨むことさえ許されないんだね彼女たちには……。



 醜いお岩さんを最初は美人だったという設定にした南北の『東海道四谷怪談』は、だから、うまいというか説得力がある。
 美女はドラマを生む。
 奇跡のような情熱的な男の行動や言葉を引き出す。
 それだけにそれが裏切られた時のショックもギャップも深く大きい。
 最初から醜かった累の説話も、物言えぬブスならではの死後の怨念の深さという点で怖いのだが。
 お岩さんの話のように、最初に伊右衛門との「恋」があってこその裏切りというドラマが展開することもないから、心打たれるところまでは行かないのである。ただただ無残な話になって、マニアはともかく、大多数の人はそんな無残な話にはそそられないのである。
 しかし一方、美女は男をこれほど動かす力があるとカラダで分かっているからこそ厚かましいというところもあって、源氏が六条御息所を「なんでそこまで恨む必要があるんだ」と思ったり、葵の上を「なんでそんなことくらいで、とんでもない扱いをされた!と心外に思う必要があるんだ」とうんざりしたりもするわけだ。
(その後、男はずんずん行ってしまい、女は道に仁王立ちになっていた。眠くなってきたので、その後、どうなったかは見届けていない。もう電車もないのにどうしたことやら) 


10/12(日)号のジャパンタイムズで『源氏物語』について(記事は英語)
10/14号のspa!でブスについて。
10/28の『25's』で『源氏物語』の美について答えてる。
10/20から始まる読売新聞の『源氏物語』の連載の四回目(10/24)で、夕顔について話してる。
11/9朝7時39分放送のNHKラジオ
11/16放送のNHK教育テレビETV特集 私の源氏物語 〜千年語り継がれたロマン〜」夜10:00〜11:29 
11/発行PR誌「ちくま」で江川達也氏との対談。WEBでも見られるらしい。
http://www.chikumashobo.co.jp/pr_chikuma/0812/genji/index.jsp