猫も羽<わ>で数えましょう(旧「大塚ひかりのポポ手日記」since2004)

一切皆苦の人生、だましだまし生きてます。ネットでは、基本的にマイナスなこと、後ろ向きなことを書くスタンスですが、ごく稀にうっかり前向きなことを書いてしまう可能性もあります。

10071125私の名医 歯医者篇

maonima2007-11-25

1やっぱ小野繁先生 1999年四月、医科歯科の頭頚部心療内科を開設。私が診てもらったのは1999年十月で、開設半年目。歯科心身症という言葉がまだ普及していなかった当時(今もさほど普及しているとはいえないが、医療機関では普及しているようだ)、開設したてのこの科に通えたのは運が良かった。この先生に出会わなければ、私はどうなっていたことやらという感じ。元外科医で歯科医の資格もある。阿藤快を年とらせた感じ。ちょっとアバウトだけど、癒される。医科歯科を定年退官したあとは横浜の馬車道で開業(さちクリニック)。舌痛、噛み合わせの違和感、原因不明の歯痛、肩凝り等々、精神的な不安感などを伴う首から上の不定愁訴を診てくれる。必要に応じて医科歯科の歯学部附属病院や、横浜市大付属病院の歯科部門に紹介してくれる。詳細は『歯医者が怖い。』に書いたが、いまだにこの先生はどこにいるという問い合わせが来たりするので。もっとも小野先生の現状を知らない人はネットをやらない人だろうから、ここに書いてもあまり意味はないのだろうが。


2東京の歯医者H先生 『歯医者が怖い。』にも出てくる、怖いけど、いい先生。とっても誠実で良心的。無駄な金は一切取らない。が、痛いと言うと、わりと簡単に被せ物を取ってしまう。これは六十に手が届こうという年配歯医者だからかもしれない。歯科心身症発症後、最後まで治療が続いたのは、この先生のもとでのみであった。説明が足りないのが玉に瑕だが、信頼できる、自信に満ちた頼もしい先生。土本亜理子さんに教えてもらった。


3東京の歯医者S先生 枡野浩一さんに教えてもらった。四十代と歯医者にしては若いせいか、簡単に被せ物は取らないし、削らない。最新の歯科知識を学んでいる感じ。説明もうまい。診断だけしてもらって、治してもらったことはないが、H先生が年を取ったら、ここで治してもらいたい。


4白楽の歯医者川又先生 今は73くらいになってるから、引退してるはず。腕が良くて有名で、何十年も前から、「歯はめったなことでは削らない方がいい」と言ってて、学校の歯科検診で虫歯と言われて行っても「このていどなら削る必要なし」と追い返された。その歯は今でも無傷。東京からも患者がきていて、一時期は「いい材料で納得のいく治療をしたい」と、保険外のみでしかやっていなかった。が、白楽は庶民的な住宅地。数年後にはまた保険医に戻った。無駄な金は取らない、良心的で説明も行き届いていて、必ず患者に手鏡を持たせて指導していた。牧師の子で、自身、神学校を出て牧師になろうとしていたが、好きになった女性が歯医者の娘で、「娘は歯医者としか結婚させない」と舅に言われ、二十五過ぎて一念発起して歯科大学に入学。歯医者になった。八年前、64、5でもまだ週に何回かは現役でやってると叔父が言っていた。祖母が元気で白楽によく遊びに行っていた二十代後半まで通っていた。ここで神経を抜いた歯、よそで神経抜いておかしくなってここでやり直してもらった歯は、二十年経った今でも何でもない。今でも他の歯医者でレントゲンを撮ると、「この歯は実によく神経の隅まで薬が詰められていて、素晴らしい」と褒められる。人気過ぎて、川又先生のほかに歯医者が四人くらいいて、ほかの先生に当たることもあったが、私は「川又先生じゃなきゃヤだ」と言って、いつも先生にやってもらっていた。



名医と言っても、結局は歯医者ばっかりになってしまった。いろんな歯医者、渡り歩いたからなぁ。